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音楽を聴いたり、そして達郎さんのコピー・バンドでライブ演奏したり・・・・
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DATE: CATEGORY:山下達郎
山下達郎さんゲスト 2011年8月11日 NHK-FM ジャパニーズ ゴールデンポッポス

長崎市内はここ数日間、毎日雨が降ってます。
どんよりとした真っ黒い雨雲が垂れこんで、日中も薄暗く気温も30度以下に。
そして突然の激しい雨と風で、まさに荒れ模様の天気。

さて、2011/8/11にNHK-FMでオンエアされた「ジャパニーズ ゴールデンポッポス」に達郎氏がゲスト出演され、新譜に関連して、シンガーソングライターとしての作詞に対する考え方、プロデューサーへの拘りなどについて興味ある話を聞かせて頂きました。 

ここでは、その一部をテキスト化(文字お越し)しましたのでご紹介します。
誤字脱字はご容赦ください。


◎ 冒頭

達郎氏:

山下達郎です。

西村直子さん:

そして、西村直子です。

5日間にわたりお送りしているNHK-FMジャパニーズ・ゴールデン・ポップス。
4日目はですね、山下達郎さんをお迎えしてお送りしていきます。
宜しくお願いします。


達郎氏:

宜しく、どうぞ。

西村直子さん:

達郎さんといえば、"夏だ、海だ、達郎だ"っていう雰囲気がしますが。


達郎氏:

そういう時代もありましたね(笑)

西村直子さん:

夏という季節は達郎さんの中で、どんな季節なんですか。


達郎氏:

ふふん、夏は嫌いです(笑)

西村直子さん:

そうなんですか!


達郎氏:

暑いし、飯はまずいし、虫は多いし、物は腐るし。

西村直子さん:

じゃ、幼い頃からそんなに・・・・


達郎氏:

やっぱり、秋から先ですよ!
物悲しいね、秋の、こう・・

西村直子さん:

切ない感じですが好き?


達郎氏:

そうですよ。

西村直子さん:

もう、幼い頃から切ない感じが好きだったんですか?


達郎氏:

そうですね。
だいたい、家っ子だったので。
アウトドアに関係ない人だったので。

西村直子さん:

という事は、まぁ、ファンが求める夏のイメージに反発したいなって思わないですか?


達郎氏:

そんな(笑)

あのね、そういう"夏だ、海だ、達郎だ"って言われた時代って、ちょうどカーステレオとウォークマン?
そういうものが出てきたアレなんで。
音楽をアウトドアに運ぶっていう、そういう時代だったんです。
カセットテープでね。

そうすると、車で運転しながら、どういう音楽聴くかっていう、そういうニーズが出て来るじゃないですか。

そういうもので、それに合う音楽探してたら、僕のが一番合ったっていう、そういう結果論ですよ。
別にそういうのに合わせよう(笑)と思ったのも一度も無いし。

西村直子さん:

そうなんですね。

この夏は6年ぶりのオリジナル・ニューアルバム『Ray Of Hope』がリリースされたばかりですが。
デビューしてから、


達郎氏:

ハイ

西村直子さん:

自分のCDや作品を・・・・
発売日に見に行った事ってありますか、お店に。

売れてるかな、みたいな(笑)


達郎氏:

遠巻きでね。
近づかないようにしてますよ。

だから、あの、30mとか、それぐらい先から伺ってるという。
発売日近辺は、特に銀座あたりには行かない事にしてます(笑)

近寄らない事にしてます(笑)
怖いですから(笑)

西村直子さん:

ちなみに、最近でもそういった行動をされてるんでしょうか。


達郎氏:

最近は、しませんねぇ(笑)

でも、ほんとに、あの、発売日に例えばインストアライブとか、そういうのやった事もありますし、昔はね。

ですから、半分本当で、半分冗談みたいな感じですけど、でも、発売日に実際にお店に行って、お客さんの買ってるのを実際見た事は、若い頃何回かあります。

最近は怖いから行きませんけど(笑)

西村直子さん:

怖いだなんて。
もし、あの・・・久しぶりにお店にも行ってみようかなと思ったら、是非行ってください!

きっと声掛けられると思いますので。


達郎氏:

(笑)
変装して行きますよ。

西村直子さん:

(笑)
それでは、今日はニューアルバムについて、じっくりとね、伺っていこうかなと思うんですけど。
名曲、ヒット曲とともに、魅力にグイグイと迫っていきたいと思います。

達郎氏:

怖いな!

西村直子さん:

最後まで宜しくお願いします。


達郎氏:

こちらこそ。

西村直子さん:

NHK-FMジャパニーズ・ゴールデンポップス
オープニング、この曲から行きましょう。


達郎氏:

では、MY MORNING PRAYER

◎ MY MORNING PRAYER

西村直子さん:

仙台市にお住まいのYさんから。

『3月の大震災では、いろいろと考えさせられました。
今まで何不自由なく暮らしていた日常があたりまえな事では無かったのだと考えさせられました。
でもこの曲と出会って前向きに考える事ができました。』

Sさんから、この曲にもリクエスト頂いていました。
ありがとうございます。


達郎氏:

ありがとうございます。

西村直子さん:

この「MY MORNING PRAYER」ですけれども、東日本大震災を受けて全面的に曲を作り直されたという事なんですが。

達郎氏:

とある番組のテーマソングとして書いていたんですが、その時は全然別の曲だったんですね。
その別の曲をレコーディングしてる最中に震災に遭ったので。

もうちょっとね、ギターリフで始まるアップテンポので、まぁ、いつものチャラチャラした曲だったんですよ。
朝の、そういうニュースバラエティみたいな番組だったので。

これだとやっぱり、この地震の後だと良くないなと思って全部捨てて、もう一回書きなおしたんです。
それが、この「MY MORNING PRAYER」という曲ですね。

なので、ほんとに、ど真ん中で作ったので(笑)

やっぱり曲ってのは、何て言うのかな、装飾的って言うか、なんか要するに恰好つけるっていうかね。
言葉でも何でもどうやって、恰好つけるか、そういう事普段はそういう事考えて作りますけど、この時は、やっぱり精神的にそういう状態だったでしょ。

だから、もう完全に、何ていうか直球勝負っていうか、何の技術性も装飾性も無いっていうかね。

だから、ちょっと自分じゃ恥ずかしいんです。
でも、それもそういう人生かなって。

西村直子さん:

10日間で仕上げたって聞いたんですけど。


達郎氏:

そうですね(笑)


◎ その時どうしようかなっていう問い掛けはね、思って生きてきたので。

西村直子さん:

きっと震災後っていうのは、ミュージシャンに限らず、私自身もそうなんですけども、何をしたらいいのか判らなかったりとか、立ち止まってしまったりとか、迷いだったり、そういうのを抱えている人って、多かったと思うんですよね。

でも、その中で達郎さんが、すぐ動き出したというか、そういう心の強さっては、どこから来るのか・・


達郎氏:

こっちは、年寄りですからね、もう(笑)

西村直子さん:

でも、どうして・・・・
"切り替える"じゃないですけども・・・


達郎氏:

僕はもともと10代から20代にかけてドロップアウトなんですね。
高校出て大学行ったんだけど3か月で辞めちゃって。

そういうドロップアウト世代なので、70年安保って政治の時代だったという事もあるんですけども。
あとは、ちょっと音楽にのめり込んでいたと、そういうのもありますし。

いろんな理由があって、若い頃にいったん挫折してから、ミュージシャンっていうアレを始めてるのでね。

もともと一回、ねじれちゃってるんですよ。

だから、そういう、こう、あのぉ・・・
やっぱ70年安保ってのは物凄く大きな騒乱だったので、人が死ぬくらいの騒乱だったので。

だから、そういう時代に生きたので、たまたまミュージシャンになっちゃったんですけど。

音楽に限らず文化っていうのは、割と平穏じゃないと平和じゃないと出来ないものなんですよね。
あらゆる文化はね。

戦争の真っただ中で、今みたいな形で文化活動って出来ない訳で。
それこそ、アフリカで毎日内戦繰り返してるような国だと、文化表現ってのは、全くアメリカ的な形ではできない訳で、ヨーロッパ的な形ではね。

そうい事が、我々は非常に運がいい事に、非常に平穏な時代で、三十・・僕、六年目になりますけど、この三十五、六年、基本的には大きな騒乱は無い状態で音楽続けられてきたので。

でも、いつか、そういう事が永遠には続かないっていうね。
それは、何故かっていうと最初にドロップアウトして始めた人間だから、どっかでまた、何か起こるんじゃないかって、いつも思ってやっているんですよ。

なので、この地震が起こって来るべきものが、僕のイメージしてきたものが、やっぱり来たなって感じなので。
そういう時、どうしようかって前からずっと思ってやってたので。

西村直子さん:

心構えというか・・・


達郎氏:

あります!
ありました。

西村直子さん:

あったという事ですね・・・・


達郎氏:

一回挫折してから始めた人間なので、またそういうような事が起こるだろうなって、その時どうしようかなっていう問い掛けはね、思って生きてきたので。

なので、まぁ、それ程、何ていうのかな・・・
しょうがないじゃないですか、そこでパニックになっても仕方が無いので。

西村直子さん:

私なんかは、達郎さんのイメージって、成功された方っていうイメージがやっぱり何処かにあって。
時代背景とかも、私が生まれた時とはちょっと違ったりとか。

達郎さんの音楽を、後から追って聴いている世代だったりとかするので、最初にドロップアウトして挫折からスタートしたっていうには、親近感湧きましたね・・・

達郎氏:

ぐははは(笑)

西村直子さん:

ああ、達郎さんも、そういう・・・


達郎氏:

何をもって成功で、何をもって失敗かっていうのは判らないですよ、人間。
死ぬまで判りませんからね。

例えばお金が儲かって名声があると、それが成功と言えるのか。
平和な家庭で、それほど裕福ではないけど子供と家族が仲良く暮らせる事が平和なのか。

そういう事の価値観っていうのは、一人ひとり皆違うので。
それが死ぬまで追い求めて行くしかないんですよね(笑)

西村直子さん:

若い世代で言うと、皆が皆じゃないと思うんですけど、最近は失敗したくないとか、傷つきたくないとか、どっちかというと、自分の甘えた方向に行きたがる人達も多いと思うんですけれども。

達郎氏:

それはやっぱり、世の中が平和な証拠なんです。

西村直子さん:

それって、いい事なんですかね。


達郎氏:

僕はいい事だと思いますけどね。
でも、それで傷ついたら・・・何ていうのかな、失敗したからっていって別に・・・
それで何ていうのかな、一生終わりじゃないですから。

僕の二十二、三の時もオイルショックで未曾有の就職難だったんですよね。

僕はミュージシャンだったので、アレじゃないんだけど、サラリーマンになるのが、とっても大変で。
そういう時代の苦悩とか挫折ってのは、必ず後に生きますからね。

"若い頃の苦労は買ってでもしろ"ってね、そうやって言うでしょ。

今は、特に人生って七掛けの人生って・・・長生きだし。
昔は人間五十年って言われてた訳だから。

今、七割っていうから五十だったら、五・七、三十五。
昔の三十五くらいのメンタリティで生きてるって言われてる世の中ですから。

だから例えば三十まで就職決まんないでおいても、それは、それで、そういう事なので。
別にそれで一生決まらないから。

そこから、全然ね、やり直しきくしね。

有名な方で言ったら、作詞家の方でも五十過ぎて、作詞家始めて成功した方とか。
作曲家でも、そういう方たくさんいるんですよ。

幾つになってもね、ミュージシャンなんかでも何ていうのかな・・・
三つから楽器習ってね、そいうプロの演奏家だったらそういう事必要ですけど。

例えば曲を作るんだったら二十歳すぎてからピアノ始めても全然遅くない。

西村直子さん:

スタートはいつでも大丈夫って事ですね。


達郎氏:

いつでも大丈夫。
自分がやりたいと思えば、それでいいんです。

でも、でも、成功しない事もあるかもしれない。

西村直子さん:

それも自分で受け入れてっていう事ですよね。


達郎氏:

そうです!
夢は必ず叶うとかね、そういう安直な発想ではないんですよね、人生って。
実は、夢ってそんなに叶わない。

人間、人生、七割運だっていうのがね、僕の人生の中で(笑)

夢は叶わないけど、叶うために努力する、如何に努力したかっていう事が、自分で納得できるか。

やるだけやったから、まぁいいやっていうね、ま、"身の丈"っていうかね、あんまり良い言葉の選択じゃないですね。
そういうような事を考えて生きてると、人間不幸になる。

西村直子さん:

七割運っていうのは、運を呼び寄せるには、どうしたらいいんですかね。


達郎氏:

ん”~難しいですね!
それは、どんなに努力してもダメな人もいるし。

全然たいした努力しなくても(笑)
世の中に出ていける人もいますし。

それはねぇ、やっぱり天性、神様が選んだってことしか言えないでしょ。

人のこと見て、物凄くあの人は成功しているなとか、羨ましいとか思う事があるかもしれないけど、その人が抱えてる事は全然違うことかもしれない。

そう簡単に、人間って重層的なので、絶対善とか絶対悪とかそういうの無いのでね。

西村直子さん:

その分、三割の努力が光るわけですね。


達郎氏:

そうですね(笑)

西村直子さん:

どのぐらい、濃密に努力できたかっていう事も自分の栄養になりますものね。


達郎氏:

ある程度ポジティブシンキングっていうかね。
自分がこうなりたいって思う、思い続けると、なれる確率が高くなってくるというか(笑)

それは論理性がなくてオカルトみたいな話かもしれませんけど。
色んな人の人生、たくさん見て、こっちも歳とってるから、そういう傾向はありますね。

始めから投げちゃって、そんなもん出来る訳無いってやるよりも、やりたいんだってアレした方が、たとえ失敗しても。

あんまり短い時間じゃ出来る話じゃ無いんですけれど。

西村直子さん:

達郎さんって、誰かを羨ましがったりする事ありますか?


達郎氏:

そりゃ、ありますよ(笑)
勿論人間ですもん。

やっぱり、僕なんかよりも才能ある人たくさんいるし。

西村直子さん:

そうですか・・・なんか意外だなと思いながら聞いていますけれども。


達郎氏:

みんな、たいして変わらないですよ人間なんて。
生きてる人間なんて。

西村直子さん:

でも、その、例えば達郎さんの歌詞ですよね。
言葉の世界だったりとか、メロディーだったりとか、いろんな世界観を皆さん持たれていると思うんですけど。

先ほどお送りした「MY MORNING PRAYER」ですと、私は、凄く優しいなって思って。
達郎さんが横に居て、おばあちゃんの背中を優しく撫でてくれるような、そういう手の温もりとか、あと、やっぱり生きていくっていう言葉が何回も出てきますよね。

あそこに心を響かされたっていう方、多いんじゃないかなと、私は思っているんですが。


達郎氏:

ほんとにだけど、震災の一週間くらいで作ってる曲ですから。
明日、原発爆発するとか、そういうような情報が入ってる中で作ってますからね。

西村直子さん:

大丈夫だよ、じゃないですけど・・・


達郎氏:

自分ですら、判りませんから。
友達は関西逃げてるやつもいるし。

そういう中で、でも自分仕事あるから、六本木いるしかないわけですよね。
そうなると腹が据わって来るっていうか。

西村直子さん:

戦っていかなきゃ、いけないっていう事ですよね。


達郎氏:

僕ね、そいうパニック意外と強いんですよ。
自分で思うんですけど。

割とね、若いころは凄く気弱でね、僕、どっちかいうと脆い性格だと自分では思っていたんですけど、五十数年生きてきて、パニックになると結構クールになってくるんですね。

西村直子さん:

大丈夫だ、みたいな・・・


達郎氏:

そうです。
自分でそれが、自分で不思議なんですけれど。
いざ、そうなってくると結構そうなってくるんですね。

でも、それは神様が与えてくれたアレだと思ってますけれど。

何の話してんだろう(笑)

◎「クリスマスイブ」と「希望という名の光」

西村直子さん:

『Ray of Hope 』アルバムのタイトルになっていますけれども、これは、もともとニューアルバムに収録されている「希望という名の光」の中から、とられたという事で。

この「希望という名の光」は震災後多くのラジオ番組でオンエアされたっていう一曲になっていますけれども。
これは、作品が世に出た後、リスナーの想いによって達郎さんにとっても特別な一曲になったのではないかなという意味ではですね、クリスマスイブに似てますよね。


達郎氏:

クリスマスイブの時には、完全に狐につままれた気分でね。

あの曲はね、発売されてからチャートの一位になった最長記録を持ってる曲なんです。
六年なんか月っていう。

西村直子さん:

六年六カ月と私はメモしてます。
ハイ。


達郎氏:

その前の記録は「Love is over」の"四年なんぼ"だったんですよね。

西村直子さん:

これは、嬉しいですよね。
長い時間をかけて、広く長く知られるっていうのは。


達郎氏:

でも、あの時は、コマーシャルのタイアップに選ばれて。
で、古今東西、三百曲くらい候補が上がったんですって、代理店でね。

それで選ばれたのがクリスマスイブなので、それ一週間くらいかかってて皆で聴いて、クリスマスイブを最終的に決定したんです。

最初からクリスマスイブありきのプロジェクトだったんです※。
だから、それはもう、ヒットソングになることはね、そこで運命づけられたっていうか。

でも、こっちはね、完璧に狐につままれた(笑)
なんで、こんなに(笑)

※BS朝日で2010年12月7日(火)にオンエアされた「うたの旅人」で、クリスマスイブがJR東海のCMに抜擢された経緯が紹介されました。その内容の一部を「山下達郎氏 クリスマス・イブ」としてテキストアップしていますのでご参照のほど(by 9thNUTS)。

西村直子さん:

でも、嬉しいですね。


達郎氏:

ありがたい事ですね。

西村直子さん:

実は、オープニング、"夏だ、海だ、達郎だ"なんて、私はお話しましたけれど、本当のところはですね私は達郎さんのイメージって冬のイメージなんですよ。

やっぱり、あのぉ、幼い頃に聴いた達郎さんと出会った音楽の一曲っていうのが、まさにクリスマスイブで渋谷に流れていた。

冬になると、達郎さんの声が聴こえてくると、"あ、冬だな。クリスマスだな"っていうのを季節感を凄く感じていて。

大人のクリスマスはなんか楽しいだけじゃや無いみたいだなって(笑)
なんか、あるらしいなって(笑)っていうのを・・・


達郎氏:

ハハハ(笑)
寂しい歌ですからね、あれね。

西村直子さん:

だから、小さい時はあまり深く意味まで判らなかったですけれど、だんだん歳を重ねると、なるほどねと。


達郎氏:

ハハハハ(笑)

西村直子さん:

達郎さんが言ってた事、こういう事だったんだって。


達郎氏:

自分のイメージって人が決めることなので。
ただ、僕、決められた事に関して別に僕は嫌悪感が無いのでね。

どっちも自分が作ったものだから。
自分が作った作品が世に出ると、全くそうやって、人の心がそこに集まって来るんですね。

人がその曲をどう解釈するかって、自分が作った意図と全く違うものが出てくるのでね。
それを、だから無碍に拒否しちゃダメなんですよ、もの作る人間はね。

これは、俺がアレしてた意図じゃないって、よくあるでしょ。
そういう事で作ったんじゃないんだけど、そうなっちゃったとかね。

そういう事は一度もありません。

全て自分が作ったものだから、そうれは、そういう・・・人が、そういう具合に使ってくれるんだったら、それで・・・なんていうのかな。

西村直子さん:

自分が思う山下達郎像というか、作ったものとファンが受け入れる印象というのが、たとえギャップがあっても、それはそれで大丈夫ってことですよね。


達郎氏:

それは、人が決めた事ですから。
そうやって、やっぱり、人の心が決める以上、人の心にやっぱり寄って行くっていうのがポピュラーミュージックは、僕は義務だと思ってるのでね(笑)

僕は別にアーティストじゃ無いのでね。
芸術家じゃないので。

だから、ろういう、いろんな全国にたくさんの人がいて、働きながら音楽聴いて、その音楽でリラックスしたり、癒されたり、酒がうまいと思ったり、そういう事がなってくれば、それでいいので。

西村直子さん:

ハッピーっていう事ですよね。


達郎氏:

そうですよね。

西村直子さん:

先ほど、お話にも出たナンバーをお送りしましょう。


達郎氏:

希望という名の光


◎バラード

西村直子さん:

『Ray Of Hope』ニューアルバムの中から「希望と言う名の光」、山下達郎さん、お送りしました。

こちらには、さいたま市のKさん。
『私の住むさいたま市は、いつも通りの夏を迎えましたが、被災地でこの夏お過ごしのエールとしてリクエストします』と。

他にも、神奈川県のKちゃんから、他、沢山の方からリクエスト頂きました。
ありがとうございます。

さて、今回のニューアルバム、バラードが数多く収録されていますよね。
私の中で、達郎さんのバラードって、印象で言うと、ドラマチックだなって。


達郎氏:

はっははは(笑)

西村直子さん:

映画監督もやったらいいんじゃないかなと(笑)


達郎氏:

映画は、やっぱり共同作業なので。
あれは複合芸術なので。

ミュージシャンって一人でできますからね。

西村直子さん:

なるほど、そうですね。


達郎氏:

映画はとても無理!

西村直子さん:

いやぁー、出来るんじゃないかなと私は勝手に思ってしまったんですけど。

だからこそ、物語のワンシーンを自分で映像化できるような詩の世界、バラードだったりとか、どこかで自分が主人公になっている感覚になるっていうのが、凄く心地よかったり、切なかったりするなっていう印象が凄くあるんですが。


達郎氏:

音楽はね、文学よりむしろ映画とか、そういう絵画に近いものがあるんですよね。
抽象的だったりとか。

西村直子さん:

二十代、三十代、四十代と、キャリヤをずっと重ねてこられたと思うんですけども。


達郎氏:

歳とってきたなって(笑)

西村直子さん:

重ねられてきたと思うんですけども、バラードという一つのジャンルというか、個性ですよね、曲の作り方は年代によって変わりますか?


達郎氏:

やっぱり、その時代、その時代のバラードの在り方ってのがあるんですよね。
なんですけど、まぁ、四十過ぎたくらいから、自分の型っていうが決まっちゃうので。

作曲技法とか・・・

好きな響き方ってあるんですよ。
僕、いつも、イデアって言ってるんですけど。

西村直子さん:

イデア?


達郎氏:

観念的なそういう自分の中の頭の中で描いている漠然とした音世界っていうのがあるんですよね。
全ての音楽家って、そういうものを実際に音として具現化するために努力する訳だけど。

最近は逆で、サイコロふって、たまたまやったのが面白いから行こうっていう。
そういう、ま、ヒップホップなんかそういうのが多いですけど。

でも僕らは、まだ古いタイプの人間なので。
こういう曲を書いたら、こういうカラオケにして、こういう世界っていうかな、したいって漠然としたものがあるんですけど。

そういう音像って言うんですけどね。
ぼくらの言い方では。

音像を、どういう形・・広くとるとか、狭くとるか。
そういうようなのって、結構趣味なんですよ、やっぱ個人的な。

自分の聴いてきた傾向とか。

あとアナログレコ―ディングの頃は、割とワイドな。
音の世界はアナログはデジタルに比べてダイナミック・レンジっていう、低音から高音までの幅が狭いので。

そもその分だけ奥行きを作れるっていうかね、抽象的に作れるんですけど。

デジタルは、物凄くそういう幅が広いので。
逆に、こう、物凄く音が全部前に来るっていうか。

そういうハードウェアの差は凄く大きいんですよ。

だから、デジタルレコーディングになってからやっぱりバラードの音像の作り方っていうのがね、ある程度固定されちゃったきらいがあって。

それはもうアナログには戻れないので。

だから、ま、何が言いたいかって、いろんなハードウェア、ソフトウェア、後は世の中の傾向、いろんなファクターが重なってバラードっていうのは変わって行くんですけど。

なんですけど、僕の場合、四十過ぎたらもう、好きな響きがだいたい決まってきたので、そういう作り方でしかしてません。

もうワンパターンです。
ガラパゴス状態です。

西村直子さん:

そういう意味では四十代から固まってきたと。
二十代、三十代の時はどうだったんですか。


達郎氏:

そういうベタなバラード嫌いでしたね。

西村直子さん:

恥ずかしい?


達郎氏:

恥ずかしいっていうかね、歌手としての、要するに自分にそれほどのポテンシャルがあるっていうか、どっちかいうたら歌が楽器に近いアプローチで作ってたんですよね。

西村直子さん:

歌が楽器っていうのは、どういう事なんですか。


達郎氏:

要するにサウンドの中での歌の役割っていうのが、言葉とか・・・

何ていうのかな、メッセージしたり、そういうものじゃなくて、歌も一つの楽器としての響きで全体的なオケの中でどういい位置を示すかとかね。

ま、FOR YOUとかRIDE ON TIMEとか、あの時代はそういう作り方してたので。
あんまり人間歌うのも嫌いだし。
人間の生活とか、特に狭いテリトリーでの生活で作ったのが、あまり好きじゃなかったので。

都会の、まぁ・・・

都会でも季節があるよね。
雨が吹いたり、雨が降ったり、太陽が照ってたりするじゃないですか。
その中での、心象風景っていいますけど、そこの中での人間のそこはかとない喜怒哀楽っていうのかな。
そういうものを歌うのが好きだったので。

でも、だんだん歳とって来ると、色んな人間が見えてきて(笑)
逆にそういうものが面白くなって来るというものがあるんです。

そうするとね、バラードもね音楽的にも、ちょっと作方を変えないとダメなんですよ。
だから、ま、今回は典型的なんですよ、そういう、こう「ずっと一緒さ」とか「希望と言う名の光」とか。

ま、「氓蒼」っていう歌があるんですけどね。
三十五の時に書いた歌なんですけど。

西村直子さん:

大好きなんですよ、私・・・


達郎氏:

ああいう歌は、ああいう音じゃないと無理なんですよね。
だから、もっとエコーが少なくて、チマチマ・・だからギターの弾き語りじゃ、そういう説得力出ないので。

やっぱり、静かに始めて、だんだん盛り上がって行く。
そういう、要するに時間の経過っていうのがないと、ああいう曲は作れ・・・
要するにね、上手く機能しないので。

それが、編曲法も変えなきゃなんないし。

西村直子さん:

纏めて、いろんな事を相対的に考えないとバラードは・・・
他の曲もね、もちろんそうだと思うんですけど。

達郎氏:

僕は運がいいことに、詩曲、編曲、全部一人でやれるので。
アレンジが出来るっていうのが凄く自分にとってはラッキーでね。
それで、まあ、長いこと出来てるんですけど。

編曲家っていうのは、でも、流行すたりが凄く激しいんですよ。
だから80年代に活躍した歌謡曲の編曲家の人は、ほとんど今いないし。
それは、やっぱり時代のニーズに応えられない。

西村直子さん:

難しいですね。


達郎氏:

難しいんですよ。
僕はシンガーソングライターなんで、そういう意味では運がいいので。
自分だけのアレンジでやっても別に文句言われないし。

これが職業編曲家だと、そういう訳にはいかないですよね。
あらゆる事、やらなきゃいけないから。


◎「ずっと一緒さ」

西村直子さん:

続いてお送りしたい曲はどんな想いで・・・


達郎氏:

これは、3年前にテレビドラマのテーマソングで来たんですけど。
野島伸司さんの脚本なんですよね。

香取慎吾さんの主演で。
野島伸司さんって、ちょっと暗めなドラマなので。

西村直子さん:

そうなんですよね。


達郎氏:

実は最初に書いた曲じゃないんですよ。
初めに一曲書いたのはメロウでね、悲しげな曲にしたんです。

そしたら演出家の人が"200回聴いたけど、これじゃないんだ"と

西村直子さん:

"200回聴いたけど、これじゃないんだ"と


達郎氏:

"ドラマが暗めなので、もうちょっと曲明るくしてドラマ救ってやってくれ"って言う訳ですよ。
で、これ2曲目に書いた(笑)。
書きなおした。

西村直子さん:

それを想像しながら、皆さんも聴いてほしいなと思います。


達郎氏:

だから明るい曲なんです!
「ずっと一緒さ」

♪ずっと一緒さ  

西村直子さん:

シングルとしては2008年にリリースされました。
山下達郎さんで「ずっと一緒さ」をお送りしました。


◎ プロデューサとして

西村直子さん:

さて、自分をプロデュースし続けるという事も、ひとつあると思うんですけども。
やっぱり自分の事を客観的に分析しないと、なかなか人って分析できませんよね。


達郎氏:

できませんね。

西村直子さん:

どんな人間なんだろう。
どういう風に見られてるんだろう。
どういう風に見せたいんだろう。

それは、子供の頃から、やっぱり冷静というかインドア派だった達郎さんの性格が影響してるんですかね。


達郎氏:

ものを作る点では、かなりの妄想家ですけどね。
夢想家っていうか、おんなじ客観性は無いです。

ただ僕は、いわゆる歌手になろうと思って始めた人間ではないので。
最終的にはレコードプロデューサーを目指して始めたんですよ。
だから、バンドを始めた時に、僕は別にそうやってバンドでスターになりたいとか、そういう事全然考えてないし、なれるとも思わなかったので。

特に、当時は日本のロックとかポップとか全然マイナーだったから。
歌謡曲の歌詞のみたいな、そういう事やれないし。

で、まぁ、出来ればだから最終的にはレコード・プロデューサーとかレコード会社のA&Rって言いますよね、そういうものとか、例えば作曲家とか編曲家とか、そういう裏方になりたかったの。

西村直子さん:

そうでしたか・・・


達郎氏:

自分が歌手でそうやって長いこと出来るなんて夢にも思ってなかったし、20代ではね。
どっちか言うと自分の中で無から有を生むっていうような事よりも、人の才能にプラスαするっていう事、人の才能を、どう引き出すとか、そういうのが自分は才能があると思ってたんです。

今でも実際にそう自分では思ってるんですけど。
ただ運よく生き残ってこれたので。

ぼくの奥さんの竹内まりやってのがいますけど、彼女のプロデュースを84年から、もう27年くらいになりますけど。

彼女の、そういう作品で僕のプロデューサーとしてのアレはフィードバックされている・・。

西村直子さん:

やっぱ嬉しかったですか?


達郎氏:

まりやをやるまではね、色んな人をプロデュースしたんですよ。
プロデューサーになりたかったから。

ただ自分にとってジレンマはね、すごく偉そうに聞こえるかもしれないけど、全然そんな事ないんですけど、どんな人プロデュースしても自分の売上越えられないんですよ。

それは、凄く自分にとってプロデューサーとしてのジレンマだったんですけど。
1987年に彼女のリクエストってアルバムが出て、それが初めて僕の売り上げ越えたんですよね。

その時に僕は、これで名実ともにプロデューサーになれたって思ったんですけど。
でも、例えばスポーツ新聞の記者なんかは"お前、奥さんに負けて悔しいんだろうな"ってそういう、それが芸能界の発想でしょ。

僕は全然違ったの、それは。

西村直子さん:

嬉しかった!


達郎氏:

凄く嬉しかった。
これで、要するに自分がなりたいプロデューサーの方向性が見えてきたって思って・・・

西村直子さん:

夢も叶ったって事ですものね。
ずっとデビューから思い描いていたっていう・・・
そうなんですね・・・


◎ 作詞家

西村直子さん:

歌詞の世界も聞いてみたいなと思うんですけど。

例えば、強い気持ちだったりとか、自分がこう思うっていう信念を、達郎さんの言葉は淡い言葉っていう印象を受けるので。


達郎氏:

歌の文句っていうのはね、あんまり具体的に突き詰め過ぎると、しばしば響き邪魔するんですよ。
歌っていうのは、あくまでも、曲と言葉のコラボレーションなので、どっちも勝ってもダメなんですよ。

だけど日本の場合はやっぱり国語教育っていうのは、キチッと皆、小学校の頃からやるので。
日本のポピュラーミュージックに対する解釈力っていうのは70%詩に向けられてるんですよね。

これを小学生の頃から国語教育に費やす人的、経済的な労力を、おんなじ労力を音楽教育に費やしてたら全く違う結果が出てくると思うんだけど。

残念ながら音楽教育はそこまで出来ないので。
結局やっぱり日本は音楽といったら詩なんですよね、7割は。

西村直子さん:

7割は詩・・・んん~


達郎氏:

ほんとは、専門的な音楽の解釈力が要求されるクラシックやジャズの場合は、大量な動員が望めないので、そういう事なので・・・言葉が無いのでね。

どんどん、やっぱりボーカル・オリエンテッドっていうか、ボーカルミュージックが主体になってきてるでしょ。
ここ10年、特にそうですけど。

僕はプロの作詞家じゃないのでね。
それほど技巧的な詩書ける人間じゃないので。
僕、詩がとにかく一番ストレスなので。

詩さえなければ、この世は天国っていう(笑)

西村直子さん:

そうですか!


達郎氏:

詩書きが一番つらいですよ。

西村直子さん:

一番後から悩むところですか?


達郎氏:

そうです。
もう、詩書きがね全制作時間の何十パーセントっていう世界ですから。

ただ、どんな稚拙な言葉でも自分の中から出てきた言葉じゃないと、やっぱり人に伝わらないってのがね。
不思議な事にそうなんですよね。

職業作曲家の人にも何人にも頼んだことあるし。
そういうものだとね、僕のリスナーはね官能しないんですよ。
やっぱり自分が書いた詩の方がいいって言ってくれるんですね。

長い歴史の間に、いろいろトライしたんですけど、それが結論で。
じゃ、どんなに苦労しても(笑)、苦しくても自分で書くしかないって。

で、すごく不思議なデータなんですけど、今、例えば五十代以上で現役でずっと古くから続けてる人って、全部作詞できる人なんですよね。

全て作詞作曲家なんですよ。

これ、日本で凄い面白いことなんだけど、あんまり、ちょっと具体的な名前言っていいのか判んないけど。
それこそ、小田さん、ユーミン、桑田君、長渕君、浜田省吾・・・
要するに作詞家を頼んでるシンガーっていうのは、基本的に途中からパワーダウンしてくるんですよね。
それが何故だか判んないだけど。

きっとその、音楽と人間がどっかでリンクするって事を望むんでしょうね。おそらくね。
その人が考えてる言葉が、その人の歌にのるっていう事がリアリティっていうか、そういうものなんだと。
と、僕は解釈しますけど。

つたない詩なんだけど、自分で、詩、まがりなりにも書けてるので。
それで、まぁシンガーソングライターっていうね、一つの矜持っていうか(笑)、そいうのが保ててるかっていうね、思いますけど。

◎ ホールツアーへのこだわり

西村直子さん:

さて、デビュー36年を迎えられたって先ほども仰ってましたけれども、これまでの活動はやっぱり自分のペースで来るっていうのは、ある意味忍耐強いのかなって思うのですが。
どうですか?


達郎氏:

山谷沢山ありましたからね、ほんとに。

西村直子さん:

その中でもハイペースだなと、自分のペースを保ちつつもハイペースだなと思うのが、近年のコンサートツアーだなと思っているんですが。


達郎氏:

30代は毎年やってましたからね。

西村直子さん:

コンサート会場にも拘りを持ってらっしゃるって聞いたたことあるんですけど


達郎氏:

僕はアリーナのライブはやらないので。
ホールツアーしかやらないので。

西村直子さん:

それはやっぱり、音だったりとか・・・

span style="color:#0000ff">達郎氏:

そうですね。自分が観たくないところでは、やりたくないっていう(笑)

西村直子さん:

ご自分のレパートリーをオリジナルキーで歌えるっていう事も聞いたことあるんですけど、これ本当なんですよね。


達郎氏:

お陰さまで(笑)
まだオリジナル・キーでやれてます。

西村直子さん:

その秘訣は?


達郎氏:

それはね、もう運です。完全に。
その人、その人の天性のものですよね、

どんなに努力してやっても、ボイストレーニングだなんだって、やってても出なくなる人は出なくなりますし。
遊んで暮らしてでも出る人は出てますよ。

それは全くの運。

西村直子さん:

今日初めて達郎さんにお会いして思ったのは、スタイルがとてもいいなと。
デビューからジーンズのサイズとか変わってますか?


達郎氏:

いや、それは、一つ二つは変わってますよ(笑)

西村直子さん:

食べ物も気を付けてますか。


達郎氏:

あんまり、やっぱり沢山は・・・
でも、僕、大酒のみなのでね。
そういう意味では休肝日とか、そういうの設けるようにしてますけど(笑)

西村直子さん:

コンサートツアーが予定されていますが、ある意味、全国にエールを送って行こうっていうステージになると思うんですけども、ご自身ではどのように考えていらっしゃいますか?


達郎氏:

2008年にコンサートツアー再開したんですが、それまで6年間できなかったんですね。

いろいろ考える事があって、五十代の後半で、あと2年で還暦なので、それまではやっぱりライブ主体でやって行こうかなって思って始めたんですけど。

お陰さまで3シーズン目で、去年と一昨年の2シーズンやってお陰さまで、だいぶ調子が出てきたので。
ようやく今回は64本っていう、30代くらいのペースでやれるようになったので。
いよいよ本格的にコンサートツアーがやってますってレベルになりました。

西村直子さん:

詳しい情報は、山下達郎さんのオフィシャルホームページでチェックしていると思いますけれども、待ってると思いますよー!
ほんとに楽しみにしてる人、たくさんいらっしゃると思います。

では、こちら一曲いきましょうか。


達郎氏:

はい。

これは去年のシングルでしたけれども、

♪街物語


◎ エンディング

西村直子さん:

たくさんの方からリクエストありがとうございました。
山下達郎さんで「街物語(NEW REMIX)」お送りしました。

私も人形町はよく行くので、この曲を聴くとぱっと流れてきますね。
たくさんのリクエストありがとうございました。

この番組を聴いての感想もお待ちしています。

宛先は、
〒150-8001
NHK FM 「ジャパニーズ・ゴールデンポップスの係」

メールの方はNHKのホームページ
http://www.nhk.or.jp/
にアクセスして下さいね。

トップページの右にある「皆様の声にお応えします」の文字をクリック。
そして画面左、緑色のバナーです。
「メールによるご意見・お問い合わせ」をクリックしてください。

そこからメールフォームにお名前やメールアドレスを入力して400文字以内で感想をお送りください。

今日一部聴き逃したのいう方、もう一度じっくり聴きたいという方、8月18日(木)午後4時から再放送が予定されています。
是非チェックしてくださいね。

さあ、ジャパニーズ・ゴールデンポップス、エンディングの時間となりました。
ほんとに今日はありがとうございました。


達郎氏:

こちらこそ。

西村直子さん:

実はですね、昨日はですねマーチンさん、リーダー鈴木雅之からの伝言がありまして。
「久しぶりにドゥ・ワップの話をしたいです。
そしてツアー、体調に気を付けてのりきって下さいね」という。


達郎氏:

そのままお返しします。

西村直子さん:

判りました(笑)
なんとかして伝えておきます!

私実は、今年で32歳でして。
達郎さんというと私の父親世代なんですね。


達郎氏:

親子ですね。

西村直子さん:

歳の差というかギャップを・・・良い意味でですよ、あんまり感じなかったです。

達郎氏:

ふははは(笑)
人間、20年や30年で、そう変わりませんから。

西村直子さん:

どこかに少年の心とか、20代、30代、40代の心を持ち続けている、その感覚が、たぶん今の音楽作ってるのかなって思いました。


達郎氏:

とっちゃん坊やですからね。

西村直子さん:

今日はほんとに有難うございました。
最後はこの曲聴きながらお別れしたいと思います。


達郎氏:

それでは、NEVER GROW OLD

西村直子さん:

"決して古びない"という達郎さんの理想をタイトルにした曲なのかなと


達郎氏:

なりたいですね、そう。

西村直子さん:

NHK-FMジャパニーズ・ゴールデンポップス、お相手は西村直子と


達郎氏:

山下達郎でした。

♪NEVER GROW OLD





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テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ

DATE: CATEGORY:山下達郎
山下達郎さんゲスト 2011年8月5日 bayfm 「ANSWER」


2011年8月5日、bayfmのプログラム「ANSWER」という生放送番組(19:00-21:00)に山下達郎さんがゲストで出演されました。

ここでは、オンエア内容の一部を文字お越しでご紹介します。
ニューアルバムの楽曲に込められた想いやリスナからの質問を通して、達郎氏のメッセージが伝わってきました。

誤字脱字はご容赦ください。


◎ 冒頭

小島麻子さん:

ラジオの前の皆さん、お待たせしました。
本日のスペシャルゲスト、山下達郎さんです。
こんばんは!


達郎氏:

こんばんは。宜しくお願いします。

(SE)拍手喝さい

小島麻子さん:

こんな効果音が入るとは!
しかも、いつもより長い気がします。

ラジオの生放送、しかも金曜日の夜というのは如何ですか?


達郎氏:

昔からラジオ番組たくさんやってますから。
でも、今回は始めてですけど、生は。
まだ、発売前なので・・・

小島麻子さん:

bayfmの本社スタジオ、27階なんですけど。
夜景も見えますが・・・。


達郎氏:

綺麗ですね。
スタジアムもちゃんと見えます。
始めてなんですよ、僕、ここ。

前のところしか伺ったことがないので。
6年ぶりなんですよね、ちょうど(笑)

小島麻子さん:

そうですよね!
今回のアルバム、6年ぶりということもありまして。

せっかく生放送ですので、ラジオの前のリスナーの皆さんとも、ちょっと繋がっていけたらなと、
思っておりますので。


達郎氏:

ハイ。
お手柔らかに、皆さん宜しくお願いします。

小島麻子さん:

今は、プロモーションはもちろんですけれども、レコーディングなんかも、まりやさんのをやられてるという事ですが、夏バテなどは、されて・・・


達郎氏:

なんとか頑張っておりますけれども(笑)

◎ 「Ray Of Hope」きかっけ

小島麻子さん:

そんな中で、今日は6年ぶりのアルバム「Ray Of Hope」がいよいよ来週の8月10日リリースという事もありまして、この話からお伺いしたいんですが。

6年ぶりということで、前作ソノリテから6年ぶりということで。
この間ですけれども、ライブツアーも精力的にされてたわけですから・・・


達郎氏:

3年前から、それが6年ぶりにライブツアー再開しまして。
今回で3シーズン目になりますね。

小島麻子さん:

その中で、オリジナルアルバムを"よし作ろう"と、いう風に思われたのは何かきっかけなどが、あったんでしょうか。


達郎氏:

ソノリテの後で3年たってから、まりやのデニムっていうのが、今から3年前に出ましたが、ソノリテ終わってから、ずっとそれやってたんですよ。

今回のアルバム、それから3年なので。

その間ツアーを毎年やってましたので。
正味・・・そうだな、1年半くらいのスパンで作ってるんですが。

要するに、まりやのやってる時はできないので。
それが終わってから、ツアー再開した頃からタイアップが、凄く頂けるようになって。

ほんとはね、ソノリテ終わった後は、ま、色々とね、音楽業界全体がね。
例えば、CDが売れなくなったとか、ま、レコード会社の色々・・政治とか色々な事がありましたよね。

ひょっとしたら、リストラされるかなっていう時代があったんですよ。
それだったら、インディでも、まぁいいかなって思ってたんですが。

まさか6年後に、こういう形で、ちゃんと、要するにオフィシャルで出せるっていうのは、自分としては、半分意外だった部分もありますけど。

お陰さまで、前と同じ形で、こうやってプロモーションもやらせて頂いてます。
それは、ほんとに幸福な事がと思ってますね。

小島麻子さん:

あの、達郎さんでもやっぱり"もしかしてリストラされるんじゃないか"って・・・


達郎氏:

何度もありますよ、それは。

小島麻子さん:

あっ、そういう危機感が?


達郎氏:

だって6年に1枚しか出さないようなヤツ、いらないでしょ。

小島麻子さん:

今はスパンが・・何て言うんでしょう、こう、どんどんサイクルが短くなってしまって、という。
そこでも危機感みたいなものっていうのが、やはり・・・


達郎氏:

昔は音楽っていうのは、そういう夢の産業だったので。

例えば、3年なり5年なり、要するに一生懸命プロモーションして少しずつ売っていくとか、そういうのあるんですよ。

今は完全に株主とか、役員の数字っていうか、いわゆる事業計画ですよね。
だから、役員だったら3年から5年の任期の間に沢山出して来る人が重要で。

僕みたいに、だから何年かにいっぺんしか出さない、いつ出せるか判らないような人は必要ないんですよ!
そういう時代なのでね。

仕方がないかなって思ってましたけど、お陰さまで幸運な事に、そういう、いいスタッフがレコード会社に来たので、逆に大事にしてくれるっていうかね。

僕、今、ワーナー・ミュージック・ジャパンっていう会社にいるんですけど、全スタッフ、全ミュージシャンの中で最年長なんですよ。

小島麻子さん:

そうでしたか!


達郎氏:

僕の二つ下に竹内まりやがいて。
そこから50代は誰もいなくて、40代前半も誰もいなくて、42,3のトータスさんかな。

そこの間の人達、ここ15,6年で全部いなくなっちゃった。
リストラされた。
演歌歌手の人とかね。

小島麻子さん:

ずっと続けてらっしゃるっていう・・・


達郎氏:

作りたくても作れない時期もありますしね。
作らさしてもらえないっていう人もいますし。
それは、本当に運・不運もありますし。

小島麻子さん:

そして、この6年ぶりとなりました「Ray Of Hope」というアルバムですけども。
このアルバム、まず製作途中で3月11日に震災があって、タイトルも変わったと伺っておりますし。


達郎氏:

そうですね。

小島麻子さん:

詩を書きなおしたり、曲も書きなおしたり・・・


達郎氏:

マイナーチェンジですけれども。

小島麻子さん:

そして、収録曲も少し変わったりと伺ってますが。
アルバムを作る最中で震災が起きたっていうことで、達郎さんご自身が発信する音楽への・・・
何て言うんですかね、使命感みたいなものとか、こうあらなければいけないみたいな事っていうのは、お考えになりました?


達郎氏:

震災の前から、リーマンショック以後の不況の風ってのが、凄く、やっぱりライブやっていてもね、僕のお客さん、大体40代50代がメインなので。

一番辛い時代、リストラをもろに受け、中間管理職って辛い世代なのでね。
特に男性、物凄く伝わってきたので。
ほんとはこのアルバム、一年前に出す予定だったんで、ちょっとツアーと重なっちゃって。

タイトルはコミカルなナンセンスなタイトルで、その時は不況の空気を明るく笑い飛ばそうと、そういう形で企画してたんですけども。

震災が起こると、そういうものとは違う切迫感が出てくるので、「Woo Hoo」をやめて「Ray Of Hope」に変えたんですが。

小島麻子さん:

本当に震災を挟んで、音楽を聴く側もたぶん聴き方変わったでしょうね。


達郎氏:

そうですね。

小島麻子さん:

そして、音楽を届ける側の私たちもそうですけども、ほんとに色々な価値観も変わってきたっていう部分も・・・アルバムが出た、それは恐らく来週、世にこのアルバムが放たれてから、どのように広がっていくのかっていう反応も是非聴きたいところではあります。


達郎氏:

結果的に、そういう運命づけられたと自分では思ってますのでね。
それに叶うように努力して作ったつもりでありますが。

小島麻子さん:

今日は、発売前でもありますが、アルバムの中の曲も何曲かお届けしながらお送りしていきたいと思いますので、ラジオの前の皆さんも感想なども、生放送ですのでお寄せ下頂ければと思います。


◎ ♪ MY MORNING PRAYER

小島麻子さん:

プレイは祈るのほうのPrayですね。

この曲始めて聴いたときに、言葉よりも先に音の・・・何て言いましょうか、テンションの張り具合っていうので、それでグッとこう・・・・

胸がいっぱいになっちゃったんですよね。


達郎氏:

ベタといえばベタなんですよね(笑)

これ、テレビの朝のモーニングワイドっていうかニュースワイドのテーマソングで作ったんですけど。
その時、これをレコーディングする3月の時点では、僕のスタジオ六本木にあるんですけど、電源が落ちてるんですよ。

117ボルトあるのが113ボルトしか出ない。
すると、シンセサイザーが、Voltage Controlled AmplifierっていうのがVCAって言うんですけど、電圧制御なので電圧落ちるとイチコロなんですよ。

機械自体がいっちゃうんですね。

そすと、オーディオ的に物凄くスペックが落ちるのでね。
それを凄く苦しんで。
テレビ用に提出したバージョンが物凄く心残りなので、今回はだからストリングスとボーカル以外は全部やり直して。

若干音質が向上したっていうかね。

小島麻子さん:

そして、音にまずグッときてから、詩なんですけど。
ちょっと、やっぱり私としてはビックリしたと言いますか。

例えば、あのぉ、これ読み上げるのもなんかご本人の前であれなんですけど。

「あふれるその悲しみ 僕には消せないけど
せめてこのメロディー あなたを励ませたら」

これは、こういった歌詞っていうのは、すんなり・・・


達郎氏:

いやぁ、超ベタですね。
何の装飾性も無いっていうか。

普通歌詞考える時って、少し気取って、僕らみたいな照れ屋の場合は、少し粉飾してやるところなんですけど。
あの状態だと、この詩しか考えようが無いんですね。

ほんとに、だから、先見えないわけでしょ。
原発も全く終息しないし
3月の20日から25日までのところですけど。

どうするのかって(笑)
こういう歌しか出来なかったっていうのが。

本当は、入れようか入れまいか、だいぶ迷ったんですよ。

小島麻子さん:

そうでしたか・・・


達郎氏:

これも運命だなっって。
一つの自分の人生の中の一こまだから。

小島麻子さん:

さあ、あっ!
今、ちょうど千葉マリンフィールドで花火・・・

初めて、実はロッテの試合・・・震災後ですけど、ここでホームで行われた時に初めて、この花火が上がった時に、何故か私、涙が出てしまったんですけど。

花火って鎮魂の意味があったりということで、何かその・・・
実は千葉っていうのは液状化の被害があったり津波があったりということで、被災地でありまして、このbayfmも暫く24時間生放送の体制でやっていて。

ほんとに、この震災があってから、音楽の届き方とか、あと同じ音楽を聴いての今を共有する感覚っていうのが、実は初めて、こんなに繋がってるんだなって、ラジオを通して私も感じたんですよね。

その中で、音楽は聴かれ方色々変わってますけど、無くならないなっていう・・・


達郎氏:

無くなることは絶対にありませんから。
音楽の、要するに、ま、商品としての音楽の在り方としてはね、色々変わってきますけど、音楽自体が無くなる事って絶対ありませんから。

小島麻子さん:

そして、今回のアルバムタイトル、Woo HooからRay Of Hopeという事になった訳ですが。
勿論これは、先行シングルで既に出ておりました「希望と言う名の光」、この中に"Ray Of Hope"という歌詞が入っています。

「希望と言う名の光」というのは、もちろん震災前に出たものなんですが、後にラジオで沢山かかったそうですね。


達郎氏:

お陰さまで、なんか僕も、それ聞いたことありますけど。

小島麻子さん:

この曲が、どのようにベイ・エリアの皆さんにも届いたのか、是非皆さんお寄せ頂けたらと思います。
ではまず、この曲をお届けしたいと思います。


◎ ♪希望という名の光

小島麻子さん:

とっても、シンプルにメロディーを聴かせていらっしゃるアレンジで。
あと、何でしょうね、こう"どうぞ"っていう言葉が震災後あらためて聴いた時に、すごく、きましたね~。


達郎氏:

ふふふ(笑)

小島麻子さん:

なにか、自分がたぶん"どうぞ"ってラジオの前で、マイクの前でよく使ってたんだなって。
"どうぞ、安全でお過ごしください"
"どうぞ、今日が良い日でありますように"
っていうような。

やはりこれは、震災後色々な新しい意味が増えた・・・


達郎氏:

曲っていうのは、一回世の中に出ると、自分の手を離れますので。
そうすると、全く違う人々の意識とか気持ちっていうのが、そこに堆積されることがあるんですよね。

自分が作ってた製作意図と全く違う動きをし始めるっていうのがね、流行歌の世界なんですけど。
僕のキャリアで一番極端だったのはクリスマス・イブなんだけどね(笑)

あとは、蒼氓なんて歌ももそうですけど。
そうなってきたので、本当にこういう形でタイトル変えるまでになるとは思わなかったし。
この曲がメインになるとは全然予想もしてなかったんですけど。

そいう事になるんであれば、もう一回自分のとこに引き戻して、もう一回再構築したいっていうので、タイトルソングにしました。

小島麻子さん:

Ray Of Hopeという単語自体は、いつ頃から・・・


達郎氏:

昔からあります。
あのね、A ray of hope、っていうのは本当に、一筋の光明っていうんですか。
そういう意味なんですが、日本語のアルバムなので、"A"がいやなのでray of hopeにしてますけど。

Aが付くと、ほんとに"一筋の光明"っていうかね、そういう意味になります。
あとは、宗教的な意味で言うと天から降って来る光の束とか、そういうようなものがRay of hopeって言いますね。

だいたい、希望の光って、全く同じ意味だと思います。
そういう曲はたくさんあります。
特に宗教歌では沢山でてきます。

小島麻子さん:

最近は、ほんとに不安な要素ばかりで。
何て言うんでしょうね、見る先が凄く距離が近くなっちゃっていて、って感じがしますけど。
Ray of hopeっていうのを聞いて、そしてこの曲を聴いた時になんか凄く、ちゃんと上に抜ける所があったんだなって、凄く感じましてね・・・。


達郎氏:

そういう、ヒーリングとか慰めとか、そういう為の歌っていうのは人それぞれで全部違うのでね。
一億人が許容できる歌なんて無いんですよ。
僕の場合は、僕の音楽を聴いて下さる、昔から聴いて下さってるリスナーの方がどういうものが喜ぶか。
そういう気持ちでしか作れませんので。


◎ リスナからの質問

小島麻子さん:

今日は沢山質問がきています。


達郎氏:

こわいな!

小島麻子さん:

ぶつけていきますので、答えられない時は・・・


達郎氏:

ノーコメントと言います(笑)

小島麻子さん:

まずメッセージから。
江戸川区のS.Hさん、男性の方です。

『小島さん、達郎さん始めまして。
今エアチェックしながら聴いています。
でもラジオの前で正座する気持ちも判ります。』

先ほどそんなリスナーの方いたんですが(笑)


達郎氏:

やめてくださいよ!
奈良の大仏じゃないんだから(笑)

小島麻子さん:

『達郎さんは、それくらい偉大なミュージシャンだと思います。
アルバム予約しましたので、発売日が楽しみです。』


達郎氏:

おありがとうございます!

小島麻子さん:

習志野市の男性の方です。

『山下さんのような、大御所アーティストに・・・』

そのまま読ませていただきますね(笑)

『こんな事聞くのもなんですが、最近気になるアーティストはいますか。いたら洋邦問わず教えてください。』

これはよく聞かれると思いますが。


達郎氏:

ん~ まぁ あのぉ それなりに聴いていますけども。

相対性理論とかね邦楽だったら。
イースタンユースとかね、モーサムとか、バースデーとか。
そっちの方が好きなので、そういうようなやつは沢山聴いてますね。

今、ド忘れしちゃったんで、最近
あとで思いだします(笑)

小島麻子さん:

ラジオネーム、RJさん。

『僕は某ドラマのライドオンタイムがとても好きで、通学中などに良く聞いています』
という正に学生の方ですね。

『今は部活の帰り途中。そこで山下さんに質問です。
学生時代は何か部活などに入っていましたか。
ちなみに僕は吹奏楽部です。』


達郎氏:

僕も吹奏楽部です!
中高6年間。

僕パーカッションだったんですよ。
元々ドラマーなんです、僕。

アマチュアバンドの時、ずっとドラマーやってたんです。
シュガーベイブ作る時にドラムとリードボーカルじゃ、なんかアレだなぁと思って、それでギター持って前へ出て行ったんです。

プロのギタリストじゃないので、リードギターは弾けないので、カッティングだったら何とかなるかなって思って、カッティング専門になったんです。

小島麻子さん:

ラジオネームKさん、35歳主婦の方。
『私にとってはいつも、達郎さんは大人の男の代表という印象です。
落ち着いたイメージの山下達郎さんですが、』


達郎氏:

どうお答えしていいか。

小島麻子さん:

『怒ったり、泣いたり、大声で笑ったりとかされる事はあるのでしょうか。
何か感情を動かされた最近の出来事があれば教えてください』


達郎氏:

なにか感情を動かされた最近の出来事?(笑)
うーん。
いや、僕はどっちか言ったら激しい性格だと自分では思ってます。
喜怒哀楽が激しいんです。
でも良く言われるのは"あなたの音楽は喜怒哀楽の怒が抜けている"っていう事はよく言われますけどね。

でもその分だけ、すぐ怒ったりしますけど。

小島麻子さん:

別の所で・・


達郎氏:

最近、そういう心を動かされた事ねぇ・・・
難しいですね。
ここんとこ、ずっとプロモーションで(笑)

小島麻子さん:

そうですよね。
でも、泣いたりするみたいな事っていうのは?


達郎氏:

やっぱり、感動作、涙出る感動作ってあるじゃないですか。
そういうのがありますがね。
人の感動するところで、感動しないかもしれないですけど。

小島麻子さん:

以外と激しい性格・・・


達郎氏:

収録させてて頂いた門脇さんの、あの声の大きさは、結構インパクトがありました。
すっごい迫力だなって

小島麻子さん:

ラジオサプライズの方でですね、はい。

達郎氏:

それが一番の直近の感動した事ですね。

小島麻子さん:

そして、素朴な質問です。
51歳の自営業兼主婦の方。

『山下さんに質問です。
無礼で失礼で薄っぺらな質問です。

今、最も興味がある事はなんですか』


達郎氏:

今、最も興味がある事!?(笑)
難しいことを仰いますね!

今はまってる事とか、ほんとに弱いんですよね。
今、最も興味がある事・・・んん~

生は難しいですね。
今回、初生ですので。

小島麻子さん:

続いて行きましょうか。
ツイッターの方で頂きました。

『こんばんは。山下達郎さんは本当に声が変わらないなと思っているのですが、御自身は長い歌手生活で歌声が変わったと感じていますか』


達郎氏:

物凄く変わったと思います。
やっぱり、歳とったなっていうのは、偽らざる。

やっぱ25、6の時のレコード聴くとこんなに違うのかって思いますね。
僕に限らずね、みんな、思ってます。

あとレコーディング方式が違うんですね。
当時はアナログレコ―ディングで、今デジタルなんです。
そういうのも、違うんですけど。

ライブに出ると、そんなに違和感は無いんですけど、レコーディングやってる時に声はこんなに違うのかって。
それを何とか昔のように戻したいと思って努力をしてるんですが。

小島麻子さん:

声が丸くなるっていうものなんですか?


達郎氏:

良く言えば、太くなりますね。
悪く言うとハイ落ちして、少し爺臭くなる(笑)

小島麻子さん:

(笑)
そんなもの何ですか。
やっぱり変わらないっていう印象の方も多いみたいですけど。


達郎氏:

歌い方は微妙に変わってね。

例えば、90年代はちょっと体の調子が悪かった時代があって、そういう時はタチツテトがツゥア、ツゥイ、ツゥ、ティエ、ツゥオになってたりする。

凄く不快なので、それを治そうと、そういう事してます。


◎ ♪ プロポーズ

小島麻子さん:

これはいわゆる、アラウンド・サーティの女子スタッフがご結婚されるということで、それで・・


達郎氏:

彼女へのトリビュートソングですね。

小島麻子さん:

これは、やっぱりお二人の馴れ初めから取材をされて・・


達郎氏:

もう長いこと務めてる、僕のファンクラブやってくれてる女性なので、29歳ですけど。
それが、寿退社するにあたりまして。

去年結婚したんですけど、その時の旦那さんのプロポーズの言葉っていうのが、こういう内容じゃないんですけどね、とても素敵だったので。

非常に好青年で。
僕の直近のスタッフなので、そういう話を聞いてね。
言い話だなと思って、それで彼女の結婚祝いというか、まぁ、退職祝いというか寿退社祝いの歌ですね(笑)

小島麻子さん:

いいですね!
これは実際、カップルはこの曲聴かれて・・・


達郎氏:

家で喜んでるでしょ!

小島麻子さん:

まだその反応は聞かれてないんですか。


達郎氏:

聞いてないですよ、まだ(笑)

小島麻子さん:

そうですか。
なんか、もうこんな素敵なプロポーズ、私もされたかったなと。


達郎氏:

はははは(笑)

小島麻子さん:

私も一昨年くらいに結婚したんですけど、なんか、そう言えば・・・なかったなぁ、なんて。


達郎氏:

いやぁ、実際はそんな恥ずかしくて言えませんよ、歌の文句じゃあるまいし!
そんな事言えませんよ、恥ずかしくて。

小島麻子さん:

そうなんですね。なんか本当にこういう事言ってもらえたのかな、このスタッフの方は、なんて。
羨ましいって思って聞いていたんですけど。


達郎氏:

でも、もっと単刀直入に結婚してくれって言われたんですよ、彼女はね。

小島麻子さん:

でも最近、20代とか30代の方々とお話される事が多いという風に・・・


達郎氏:

スタッフがアラ・サーなんですよ。
レコード会社もオフィスも。
で、男も女も、その年代はほんとに面白くて。
興味が出来るっていうんですか。

男の子は自分の親父がどういう人生歩いてきたとか、親父が苦労したことがあるんだとか、そういう事が自分とオーバーラップして考えられる年齢になるじゃないですか。

女の子もそうだし。

そういう世代の人達と話すると非常に面白いんですよね。
色々話を聞くんですけど、あんまり僕の30と変わらないんですよね、みんな。

今の若いヤツが言ってることが良く判んないって言うけど、僕は全然そんな事なくて。
殆ど変わんないなって。
20年、30年で人間、そんなに変わんないだなっていうのが、再確認できるだけでも、随分。

それも、日本が今まで平穏だったからなんで。
間に大きな動乱とか、今回みたいなね。
そううのがあると、また、一つ世代の断絶とか価値観の分裂みたいのが起こってくるから、あれですけど。

今までの歴史の中でそういう、特に自分の親子くらいの関係は割と言い時代になってきたなって。
僕らはもうDon't trust over 30'sじゃない。
"大人は判ってくれない"ってそういう世代だったじゃない。

でも戦争があったからね。
そこで価値観が物凄く大きく変わったでしょ。
戦前と戦後の価値観、断絶ってのがありますけど。
今、だって、宝塚なんて親・子・孫、ジャニーズも親・子・孫でしょ。
それはだからも、平和だったからの話・・


◎ パッションがあれば、懐メロなんかになんねーんだ

小島麻子さん:

ふと、私、思いだした事があります。
一昨年、2009年、私、大宮ソニックシティで初の山下達郎さんのライブを拝見したんですが。

その時に"パッションがあれば、懐メロなんかになんねーんだ"・・


達郎氏:

そういう言い方してません(笑)
ダメですよ、そうやって捏造しちゃ!

小島麻子さん:

そうですね!(笑)
"パッションがあれば、懐メロにはならない!"
そして
"ディナーショーには死んでも出ない"っていう話があって(笑)

私、勝手に達郎さんのイメージみたいなものを、勝手に造っていたのが・・・
なんだ、山下達郎さんっていうのはパンクな人なんだないう事が凄くよく判りまして。


達郎氏:

ま、出がねぇ、ライブハウスのバンドですからね。
そんなに、いわゆる芸能界から入ってきた人間では無いので(笑)

小島麻子さん:

(笑)
もう、なんかそういう、いわゆるパンク精神みたいなものは昔からあったのかな、というのも気になるところなんですけど。


達郎氏:

ほんとはだから、運動神経ぜんぜんダメなんですね。
ブラバンだったという事もあり、運動全くダメなので。

バク宙とかね、そういうのが出来たら、もっとメタルなものとか、お化粧系・・・じゃかなわないかな、ルックスはアレだから。

そういうもっと、こうハードサウンド的なものをやってきたのかもしれませんけど。

たまたま好きだったのが、綺麗なメロディーだったんで。
ビートが強く綺麗なメロディってのが一応キャッチフレーズなので(笑)

小島麻子さん:

先ほどですね、吹奏楽部に入っているというRJさんから来ました。

『山下さんも吹奏楽部だと知り、驚きました。僕はアルトサックスをやっています。パーカッション格好いいですよね。中学の時にサックスとパーカション、どちらをやろうか、迷いました。
今、高1ですが、山下さんのように中1の時から吹奏楽部に入りました』


達郎氏:

頑張ってね!

◎ リスナーからのメッセージ

小島麻子さん:

届いているメッセージを御紹介したいと思います。
千葉県野田市30歳、男性の方です。


達郎氏:

常連の方ですね。うん。

小島麻子さん:

実は件名のところに「曲に希望を感じました」っていう風にあります。
『4つ上の姉夫婦が仙台で被災したんです。被災してから良く耳にしていて、凄いパワーを感じたので、姉にCDをプレゼントしたら、"泣いた"と言ってました。
自分も号泣しました。』


達郎氏:

お大事に。
僕、母親が仙台なので、仙台に沢山親戚がいます。
僕は幸運なことに全員大丈夫だったですけど。

小島麻子さん:

千葉市の30歳の方です。

『私は昨年のNHKホールライブ、奥様の竹内まりやさんの武道館ライブを妊娠中に観に行きました。
妊娠中のいう事で不安な日々が続いていましたが、ライブをみて感動に包まれて、とても幸せな気分になることができました。笑うと涙が自然と出ていました。
とても良い胎教になりました。
4月に無事出産し、現在子育てに奮闘中。』


達郎氏:

がんばって下さいね。

小島麻子さん:

ちょっとここで、こんなクエスチョンが来ています。
松戸市の28歳の男子。

『小島さん、山下達郎さんこんばんは。
達郎さんに是非聞きたいのですが、今の時代、音楽を最高の状態で聴くのには、何で聴いたらいいですか。』


達郎氏:

う”~難しいなぁ~

小島麻子さん:

『近年、パソコンやポータブルプレーヤーで音楽を聴く機会が増え、どこでも気軽に聴けるようになったのはいいことなのですが、私は若輩者ながらもオーディオマニアでして、既存のPCスピーカーには満足できず、PCにつないだUSB-DACにアンプとブックシェルフのスピーカーで試聴したところ、目茶苦茶音がよくなりました。
達郎さんは、何で音楽を聴いていらっしゃいますか』


達郎氏:

僕はもうアナログ派なので、アナログの今でもLPとシングルの、僕の仕事場にあるステレオは完全にアナログに特化してしかチューニングができて無いので、それでCDかけると割れるんですよ(笑)

だから、CDは全く別なんですけど。
あのぉ、これで大丈夫だと思いますよ、CDをお聴きになるんであれば。

これからはね、iPodの、ああいう要するにデータの配信を良い音で聴く方法は、これからもっと発展していくと思うので。

iPodはね、イヤホンで聴くと・・・良くないんです。
音悪いんです。

再生させる機械が沢山出てるので、それでいわゆる市販のステレオセットにラインでつないで聴くと、凄く良いスペックで聴けます。

それが、これからまた更に発展していくんで、多分そっちの方に・・・
・・・コピーし放題のデータっていうのは、極端に言うと僕らのスタジオでミックスダウンしてるオリジナルの音で聴ける手段としては一番近いので。

殆ど僕らのマスターと同じ音が聴ける状態にすぐになりますから。
ただし、それはプロテクターがかけられないので。

◎ ♪ 俺の空

小島麻子さん:

先ほどの喜怒哀楽で怒が抜けてるなんて話がありましたけど、結構この曲は・・・


達郎氏:

シャレですよ(笑)

小島麻子さん:

今回、アルバムのプロモーションでのインタビューなんかも読まさせて頂いたら、結構インタビュアーの方も、音楽関係の方も"俺の空"に反応されてる方が多いですよね!


達郎氏:

だから、本当にこういう音楽が21世紀になってね、こういう音出なくなっちゃったのよね、だから。
デジタルってのは音いいって言うんですけどね、大人しいんですよ、綺麗なの。

綺麗で終わるんだけど、ロックって歪んじゃうんですよね。
歪がガッツなんですよ。

"歪感"それが出ないんです。
なんでもき綺麗に、ダイヤフラム広すぎて。
だからシャウトがシャウトに聴こえない。

こういう風にディスト―ションでガーンとやっても、ちっともその感じになんない。
録った音がね。

小島麻子さん:

ギターはもちろん、達郎さん弾いてらっしゃる。


達郎氏:

これはね(笑)
はい、恥ずかしながら。

◎ ライブはお客さん喜ばせるために

小島麻子さん:

インタビューで読んだことがあるんですが、ライブの時は、何ていうか自分がエキサイティングする事ってあまりないんだっていう風に仰ってたような気がしたんですけど。

でも、なんかこう、アドレナリン出るみたいな瞬間ていうのは・・・ありますか?


達郎氏:

バンマスなので編曲も全部やって譜面も書きますのでね。
だから、結局段取り・・・後ろの人が、ちゃんとやってくれるかチェックしつつ、やらないとね(笑)
ほんとの意味の表現っていうのは、出来ませんから。

だって、お客さん喜ばせるためにやってるのに、自分が別に喜ぶためにやってないから。

それが、要するに"熱くない"って言われるんだったら、その限りですけどね。
そういうもんじゃ無いって、僕は思ってるので(笑)

◎ いのちの最後のひとしずく

小島麻子さん:

いくつか気になった曲などが、ございまして。
勿論タイアップが付いている聴発のシングル曲もあったりするんですが、その中で、私、女性でもありますので"ちょっと珍しいな"って、女性目線で詩を書かれている曲もあったりするんですよね。
「いのちの最後のひとしずく」という、この曲はお手元にCDが行きましたらお聴き頂きたいと思うんですが。


達郎氏:

マイナーメロだったら、完全に演歌ですよ(笑)
詩の内容がね。

小島麻子さん:

達郎さん、演歌も・・・


達郎氏:

演歌大好きですよ。

小島麻子さん:

女性目線の詩っていうのは凄く珍しいのかなって。


達郎氏:

女言葉の歌って、たくさんありますね。
昔だったら前川清さんとか、そういうの昔から興味があって(笑)
自分で女言葉で作ってみたいなって。

ほとは誰かに歌ってもらおうかなと思って。
これだと難しいかなと思って、自分で歌ったんだけど結構自分で気に入ってるんですよ。
それじゃ自分で歌った方がいいやと思って。

小島麻子さん:

私あまりカラオケには行かないタイプなんですけ。
久々に、これカラオケにあったら、ちょっと歌ってみたいなっていう曲なんですよ!


達郎氏:

シングルカットしなきゃ!


◎ 人生のアルバム


小島麻子さん:

全13曲という事になりますけれども、製作ノートで一言で表すならということで"人生のアルバム"だと


達郎氏:

大袈裟ですけどね(笑)

小島麻子さん:

やはり、これまでの御自身のアルバムとは違った性格のアルバムが出来たと


達郎氏:

年齢的なものが一番大きいですよね。
この年になると、人の生死(いきしに)が具体性を帯びてきますし。
自分も、あと2年で還暦なので。

ま、言ってみれば夕暮れにさしかかってきてる。
そうなってくると、人間は何処からきて何処へ行くのかとか、生きることとか、死ぬこととか、そういう事を真面目に考えてしまう。

そういうのが作品にフィードバックするのは当然の事なので。
若いころは自分が世界の中心だったじゃないですか。
人生は永遠に続くと思ったし。
20代の頃は50歳なんてのは、遥か彼方のね、ものだったですけど。

ここに来ると、人生あっという間だなって。

小島麻子さん:

3月11日を機会にして本当に大きく、全ての価値観というのも変わったと思いますし、そしておそらく音楽も、聴かれ方そして表現者の皆さんの発信の仕方っていうのも、恐らく悩まれている方も沢山いると思うんですが。

これからの音楽っていうのは、達郎さんはどのように、行く先といいますか・・・


達郎氏:

あのぉ・・・
こういう大きな騒乱があると、必ず文化っていうのは変わるんですよね。

そういう大きな騒乱って、僕はもともと1970年代のいわゆる70年安保っていう大きな騒乱で、そこの時にバンドに出会えてて、高校途中でドロップアウトして大学3か月でやめてバンドになったんですけど。

一回挫折してるんですよ。

ドロップアウトっていう一種の挫折を味わってやってるので。
ずーっと36年守ってきた事は、平穏な時代なので、こういう事をやれてるんだって。

いつか同じような騒乱が多分起こるだろうっていう事はね、昔から思ってたんですよね。

それまでは、のほほんとやってますけど、そういうのが起こったら多分僕らの音楽っていうのは、大きく文化は変わるので、新しい世代が・・・提出してくれるものってのは、全然僕らが想像つかない若者ね。
言ってみればビートルズが出てきてからの、ビートルズ以前の昭和歌謡みたいな、そういう扱いを僕らはされるだろうって。

自分のパッションをどうやって維持してるかとか、そういう体力的問題もありますけど。
僕35年やって自分の音楽生活、なんの不満も無いので。

これから先は僕自身としては、なるべく人に尽くす、人に奉仕するための音楽って、そういうのを考えて行こうかなと自分では思って。

その一つのとっかかりとして今回のアルバムコンセプトは置いてるんですけどね。

でも、それでも音楽は続いていくので。
人も生きていかなきゃ、なんないので。

そういう事は、自分が自分の立位置で、自分の場所で、自分がやれる事を、一人ひとりがやって行くってことが。
一ミュージシャンですから、そういう事しか申し上げられませんけれども。

◎ ♪ HAPPY GATHERING DAY

達郎氏:

僕の45年くらいの友達がいるんですね、中学校から一緒なのが。
一年に一回くらいしか会えないですけど。
ほんとの友達って、別に会わなくてもいいんですよね。

5年にいっぺんしか会わなくても、会った途端に昔に戻れるんですよね。

小島麻子さん:

"お前は変わらないなぁ"みたいに言われますか?


達郎氏:

そうですね。
お互い変わらないんですよ。

医者やってるやつとか、いますけど。

小島麻子さん:

音楽業界の人とか・・・


達郎氏:

それは一人もいません。
ただ普通のかたぎです、みんな。

小島麻子さん:

"かたぎ"って言われると、音楽関係の人かたぎでないって感じですけど(笑)


達郎氏:

音楽関係、かたぎじゃないでしょう(笑)
ヤクザな商売ですよ(笑)

◎ リスナからの質問

小島麻子さん:

質問が来ています。
19歳のT.Sさん。

『今自分のバンドの歌詞をチェックしながら聴いています。僕と同じ10代の時、達郎さんは将来について、どのような事を考えていましたか。
色々と不安はありませんでしたか?』


達郎氏:

そりゃ、ありますよ(笑)
ドロップアウトだもん。

ほんとは天文学者になりたかったんですけどね。
高校入るまではね。

星見て暮したかったんですけどね。
見事に人生狂いましたけど。
狂っても良かったんじゃないかって言われますけど、そんなに簡単なもんじゃないですよ。

でも、僕はドロップアウトした人間なので、そんなに簡単に人生終わらないので、僕の親はね、30過ぎてから事業に失敗して苦労したので。

一人っ子でしょ。
それがバンドかなんかに、うつつぬかしてアレしたんですけど。

ま、何やってもいいけど、30までにこれが自分の、男一匹の一生の仕事だっていう事を決めろと。
そうしないと、30過ぎて方針転換するのは凄く大変だから。

そういうのはね、サブリミナルでずっと刷り込まれたので(笑)
それは有り難かったですけどね。

ゆっくり決めればいいと思いますよ。
そういう時代だし。
今年十万人くらい大学生が就職できなくて、あれでしょ。

そんな1年、2年遅れたからって人生変わらないから、そんなに。
あんまり焦らないほうがいいですよ。


◎ シネコン

小島麻子さん:

小島麻子がお送りしています、週末のレビュージャーナルANSWER。
引き続きゲストは山下達郎さんです。

長く生放送を・・・


達郎氏:

こんなに長く出さして頂いて、久しぶりですね。

小島麻子さん:

ほんとに、もう楽しくて。
もう、そろそろって感じがきてしまいました。

ここで、今後の山下達郎さんのお知らせでもあるんですが。
今回ですね、アルバムの初回限定盤、もしくは通常盤初回プレスについている帯の裏に記載されているシリアルコードで応募していただくと、特別なイベントに参加できるかもしれないと。

これがですね、初回盤に付いているボーナスディスク、ライブ・テイクなんですが、以前8インチシングルで・・


達郎氏:

その時のカップリングのアレで、殆ど今廃盤なんで、それを21世紀でリマスタリングして、オマケで付けました。

小島麻子さん:

で、こちらの音源を映像付きで。


達郎氏:

全部映像があるので。
それをシネコンでご覧頂こうという、そういう企画です。

小島麻子さん:

こういった試みというのは初めてですか。


達郎氏:

始めてです。
まだ実験なので。

ですから、ま、それに応募して当たった方は、一種の実験台になって頂こうと。

小島麻子さん:

実験台・・・(笑)
全ての会場に山下さんが・・・


達郎氏:

お買い上げ有難うございますと、御挨拶に行きます。

小島麻子さん:

もちろんトークなども・・・


達郎氏:

あると思います。

小島麻子さん:

でも、こういった、同じ空間で昔の映像を一緒に楽しもうなんていうアイデアはご本人のアイデアですか。


達郎氏:

ま、シネコンでそういうを、やったらどうかって、今、現実的に色んな方がやってらっしゃるじゃないですか。
シネコンって音がいいのでね。
画面も大きいので、ライブ会場と割と似た環境で味わって頂けるから、テレビでDVD見るのと全然違うんですよね。

そういう事がうまくいけば、今後も、そういうアレに繋げて行きたいという意図です。


◎ ライブツアー

小島麻子さん:

今回の2011-2012のツアーなんですが、全スケジュールは明日(8/6)解禁という事になっています。
山下達郎さんのHPでチェックして頂きたいと思いますが。

かなりの本数だとお聞きしていますが。


達郎氏:

今年は38都市64公演ありますね。
来年の5月まで続きます。

小島麻子さん:

このボリュームでやるという事に関しては。

達郎氏:

昔、これくらいやってたんですよ。
30代の頃はね。

ようやく、だから今年で、ツアー再会して3シーズン目になりますが、ようやくだから、30代のそういうペースに戻ってきたので、ようやくツアーをやってますって。

小島麻子さん:

一昨年の一回しか観れてないので、もう、ほんと観たいですね。
私もパッション度を上げておいてですね、負けないように準備していきたいと思ってます。

あの、ちなみになんですが、あの・・・・
達郎さんが好きなライブ会場の基準っていうのは・・・あるんですか。


達郎氏:

基本的には多目的ホールと呼ばれる2000小屋と言われるホールですね。
椅子のある。

その規模でやろうと思ってる。やってきましたし。

ほんとはライブハウスの方が好きなんですよ。
100、200が理想ですけど、それやったら体持たないので。

ライブハウスもね、本当は今年8月あたりにライブハウスのツアーをやる予定だったんですが、地震が起こっちゃったんで。

アルバム自体をこっち延ばしたんで、今プロモーションやってますけど、ほとは今頃にねライブハウスのツアーやってるつもりだったんですが。

それも、またいつでも出来ますので、それはやるつもりでいます。
それになると、また切符取れないって文句言われますけど。

それ、道楽なんで、しょうがないですね。

小島麻子さん:

それでは、今日最後の曲になります。
達郎さんから曲紹介お願いします。

達郎氏:

今回のアルバムで一番古い曲ですが、ドラマの主題歌になっております、お馴染の「ずっと一緒さ」。

◎ ♪ ずっと一緒さ

小島麻子さん:

「ずっと一緒さ」を私がどうしても、自分で聴きたいという事もありまして、ラストナンバーにさせて頂きました。

さあ、という事で生放送でお届けしてきましたANSWER。
お別れのギリギリまで山下達郎さんにはスタジオに残って頂きました。
何か失礼な事を私がパッションにまかせて言ってしまったのではないかと思って(笑)・・・


達郎氏:

大丈夫ですよ。

小島麻子さん:

FAXでのメッセージが来ました。
ありがとうございます。
43歳、Wさんです。

『今、夕食の用意ができたので、食べながら聞いています。
達郎さんが生でご出演とのこと、久しぶりにドキドキして聞いています。
達郎さんのハーモニーにどれほど慰められ助けられたか。

わが息子にも良く聴かせています。
音楽はやはり人の心を動かしますね。
いつも有難うございます。』


達郎氏:

こちらこそ。
ありがとうございます。

小島麻子さん:

慰められる、助けられた・・・
本当に地震のあと、ここで番組やってても、"やっと音楽が流れてきて泣くことができました"とか"子供たちがやっと笑いました"なんて話もありましたが。
これからも、音楽にどれほど寄り添えるか、人の心に寄り添えるかという。

ラジオの私はプロとして頑張っていけたらと思いますが。

達郎氏:

ほとにね、全く終わって無いので。
先長いので。

小島麻子さん:

このあと、楽しみになってきますのは、もちろん8月10日のアルバム「Ray Of Hope」のリリース、6年ぶりです。
さらにツアースケジュールは明日解禁という事になりますので、是非山下達郎さんのHPでチェックをお願い致します。

様々なところでインタビューなんかもされてますが、HPでチェックして頂きたいと思います。

アルバム出たタイミングでしかお会いできないとなると、ちょっと悲しいんですが・・・


達郎氏:

すいません!

小島麻子さん:

いつでも、是非是非、お待ちしております。
という事で今日のANSWERのスペシャルゲストは山下達郎さんでした。

今日は、どうもありがとうございました!


達郎氏:

こちらこそ。
失礼しました。




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山下達郎さん 8月10日は朝から夜までTOKYO FM

達郎氏のニューアルバム『Ray Of Hope』発売日の8月10日は、達郎氏ご本人がTOKYO FMの番組に朝から夜まで全番組に登場。

詳しくは、TOKYO FMの公式ページをどうぞ。

TIME LINE(18:45-19:45)では上杉隆さんとの対談あり、
SCHOOL OF LOCK(22:00 - 24:00)にも出演・・・聴き逃せません!

しかし、ここ長崎ではTOKYO FMの番組を全て聴くことができません。
radiko(インターネットのラジオ放送配信)も圏外ですし。

そこで『radikoをエリア外から聴く方法 』を試してみました。
大丈夫でした。これでTOKYO FMを聴くことができます。

◎『radikoをエリア外から聴く方法 』

MobileFree.jp VPN実験サービスの通信機能を提供するサーバーコンピュータが国立大学法人筑波大学内に設置されており、同法人の所有するネットワーク設備を経由してインターネットに接続されます。

従ってMobileFree.jp VPN実験サービス(無料)を利用して接続すると関東圏からインターネットにアクセスしている事になるので、エリア外でもTOKYOエリアのradikoが聴けるというものです。

注意!
パソコン環境によっては接続できない可能性もありますので、MobileFree.jp VPN 実験サービスの使用方法を良くお読みになって利用してくださいね。





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DATE: CATEGORY:山下達郎
今年は達郎氏、まりやさんのライブをみることができて感謝、感謝です。

さて、今年最後の1曲は「愛を描いて」カバーバージョンです。
1995年7月21日に発売された「Trade love※1」のアルバム「Paladise Door」2曲目に達郎氏の「愛を描いて」が収録されています。
残念ながらこのアルバムは持っていませんが、全曲聴いていみたいと思う1枚です。

達郎氏は「最近のカバーでは一番気に入っている曲」とコメントしています※2。

日本語がストレートに響いてくる綺麗な歌声です。
ドラム&ベースの引き締まるリズムが印象的なので、調べてみるとドラムは江口信夫さんですね。
ギターやコーラスアレンジも気持いいですね。

※1「Trade Love」はelika(えりか、本名は島影江里香1970年2月22日)のソロユニット名です。
※2 1995年8月のサンデーソングブックにて

皆さんも良いお年をお迎え下さい。
来年も達郎氏の音楽を追い求めて行こうと思ってます。
達郎コピーバンドの練習も頑張ります! 
(バンドメンバの皆さん、来年も宜しくお願います!)

それでは、愛を描いて。

■ 愛を描いて Let's kiss the sun



レコーディングメンバー

江口信夫(えぐち のぶお・:drums)
徳永 暁人(とくなが あきひと:Bass)
増崎孝司(ますざき たかし:guitar)※3
田川伸治(たがわ しんじ:guitar)※4
小野塚晃(おのづか あきら:keyboard)※3
勝田一樹(かつた かずき:sax)※3

※3 フュージョンバンド「DIMENSION」メンバ―
※4 DEENのメンバー

「Paladise Door」

曲目リスト

1. サーフ・ライディング・ドリーム
2. 愛を描いて~レッツ・キス・ザ・サン
3. アイズ
4. ナイト・スカイ
5. ストップ!~時を止めて
6. テンプトレス
7. シーサイド・ラヴ(アルバム・ヴァージョン)
8. サンデイ・モーニング
9. 真夏のシンフォニー
10. ひき潮
11. サニー・サマー・デイズ

おまけ

■ アイズ



■ シーザイド・ラブ







DATE: CATEGORY:山下達郎
全国的に大荒れの天気。長崎も大荒れでした。
昨日(12/2)の夕方は、暗雲立ち込めて豪雨。
今朝(12/3)は、暴風が吹き荒れました。

さて、今日は達郎氏が手がけたコーラスの仕事の中から2曲。

1曲目はkinki kidsの「Happy Happy Greeting」、Performance2010の一曲目でした。
クレジットをみると参加ミュージシャンが素晴らしい!!

2曲目は荒井由美の「12月の雨」
達郎氏と大貫妙子さんのコーラスが綺麗にハモってます。


2009年9月21日のサンデーソングブックでコーラスワークについて達郎氏のコメントです。

達郎氏 :

私は20代、1970年代は、コーラスのスタジオミュージシャンをやっておりましたので、ほんとにたくさん、いろいろな人をやっておりますが、そのコーラスの仕事がたくさん舞い込んでくるような一番最初のきっかけは、ユーミンです。

ユーミンのミスリムというセカンドアルバムのコーラスをやらしてもらいましてですね、そこから”コバルトアワー””14番目の月”という3枚やりました。
そのあとの"流線型”とか、そういうとこで何曲かやらしてもらってます。

このユーミンのレコーディングに参加させてもらったお陰で、そうした当時のニューミュージックなんていう言葉も出始めましたが、日本のフォークとロック、そうしたスタジオ仕事をずいぶんやりました。

クレジットが入ってないものまで含めますと、割と有名なところですと山田パンダさんの"風の街”とか、あとかぐや姫の伊勢正三さんがつくった風のファースト、セカンド。

それから丸山圭子さんとか、そういうところはクレジットが書かれてなかったりしますが、そういう処も含めまして、
あとはティン・パン・アレイ系とか。細野さんとか、大瀧詠一さんとか、そういうとこはずいぶんやりました。

でもそういうコーラスのスタジオ仕事が来るようになって、一番、きっかけの仕事、それと自分にとって一番印象に残っているのはユーミンのミスリムというアルバムです。”12月の雨”なんて、ありますが。



◎Happy Happy Greeting / kinki kids

KinKi Kidsの5枚目のシングル。1998年12月9日発売

作詞: 松本隆  作曲・編曲: 山下達郎
Programer: 橋本茂昭
Gt: 佐橋佳幸
Pf: 佐藤博
Cho: 山下達郎, 竹内まりや, 三谷泰弘, 山川恵津子, 佐々木久美
和太鼓: 堅田喜三久
Harp: 浅川朋之
Tenor Sax: 淵野繁雄




◎12月の雨/荒井由実

作詞・作曲:荒井由実/編曲:松任谷正隆

「12月の雨」は、荒井由実(ユーミン) の4枚目のシングル。
1974年10月5日に東芝EMIからリリースされた。









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