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9thNUTS

Author:9thNUTS
音楽を聴いたり、そして達郎さんのコピー・バンドでライブ演奏したり・・・・
音楽が・・達郎さんサウンドが大好きな人間です。
長崎の街から達郎さんを応援しています。

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DATE: CATEGORY:小笠原拓海
USTREAM 第3回ゲスト小笠原拓海さん(2011-0624)

2011年6月24日にUSTREAMで配信された(裏)音楽業界研究所のゲストは小笠原拓海さん。
キーボーディスト今井隼さんと息の合った話をして下さいました。

ドラムを始めるきっかけから達郎氏と出会った経緯、達郎さんの曲で一番難しい曲など、楽しい話でした。
このブログでは、その一部をテキスト化しています。



◎ドラマーになったきっかけ

今井:音楽に興味を持ったきっかけは?

小笠原:もともと音楽は好きだったですよね。
小学校1年生の時かな、ピアノを習って。
でも、その年代だと親に言われてとかが普通じゃないですか。でもそれは僕発信で習いました。

隣がピアノ教室だったんです。
近所の子が集まってくるので遊びがてら行こうかなって思ったんです。
高学年になってくると、やっぱり流行音楽が気になってきてCDを買い始めて、中学生になった時に先輩のライブをみて"何てかっこいいんだろう"と思って。

これはちょっとモテルんじゃないだろうかと思ってバンド始めました(笑)

中学校の学園祭でライブをやろうと思ったとき、ギターをやりたかったんですけど、バンドのみんなはギターをやりたかったので、ジャンケンで担当を決めました。

ジャンケンに負けて"お前ドラムやれよ"と言われて結局ドラムをやることになって。
そこからなんですよ、ドラムを始めたのは。


◎ 中学、高校時代

中学の時、当時貯金してたお年玉を全部使ってドラム買っちゃったんですよね!
買ったはいいものの、どう叩くんだ?と。
訳わからずに三カ月放置してました。

今井:どうやってドラム奏法を習得したの?

小笠原:見よう見真似でしたね。

今井:ある程度叩けるようになってから、どうでした?

小笠原:そこからは、それ以外考えられないくらいハマっちゃったんですよね。

◎ 大学時代

今井:高校生になりバンドとかやったりして、そこからどうやって今の方向に繋がっていくんですか?
高校卒業してから、どうしたんですか?


小笠原:高校卒業して、音大に行ったんです。
札幌出身なので、東京の音楽大学に通うために、海を渡り・・・音大で勉強してたんですね。
洗足学園音楽大学というところで。

今井:洗足学園の何科?

小笠原:僕はジャズ科なんです。

今井:ジャズに興味があったから、ジャズ科なんですか?

小笠原:ジャズが特に苦手だと思ったんですよね。やっぱり、触れられないじゃないですか。

今井:日本でヒットチャートを追いかけてる分には聴ける音楽じゃないもんね。それで苦手だったんだ。

小笠原:そうです。それで勉強したいなと思って。あえて苦手なジャズ科に飛び込んだわけです。
が・・・しかし、大学でやってたのは、殆ど8ビート、16ビートしかやってなかったんです(笑)

ジャズを、そんなにやってなかったんですよ。
一応、授業も出て理論も学びつつ、やってたんですけど。

大学入学してすぐ、川島あいちゃんのサポートをする事になったんです。
18歳の時ですね。僕の友達にオオーディションの話を紹介してもらって、そうなったんですけど。

そんな事をしつつ、大学3年生くらいの時に巨匠の山下洋輔さんのオーディションを受けたんです。

今井:山下洋輔さんのオーディションを受けたって、ジャズじゃないですか!

小笠原:そうなんですよ。
一応勉強はしてたんですけど、あそこまで行っちゃうと"出来ないでしょう"っていうのが感想で。
考えても、どうしようもないので、ダメモトで受ければなんとかなるだろうと
受けたら、運よく受かったんですよ。

今井:山下洋輔さんと一緒にやることになったんですね。どうだった?

小笠原:いやぁ、ブッ飛んでましたよ。でもブッ飛んでたから素晴らしい。受け皿がデカイというか、見方が広いですよね。僕なんか、もう自分の感性でしかやってないですよね。山下洋輔さんの音楽に対して、何を感じるかっていうところでしか、やってなかった。

今井:"こうしろ、ああしろ"っていうのは無かったんですか?

小笠原:全然無かったですね。教えてくれないくらいですよ(笑)

◎ 山下達郎氏との出会い

今井:山下洋輔さんと出会ってから、どう進んで行ったの?

小笠原:大学を卒業して、単純に食えないですよね。いくらライブやらしてもらってると言えども、どうしようかなと思って。
バイトもしつつ、ライブもしつつ、やってたんですけど。

そんなこんなで、しばらく活動してたんですけど、自分のバンドがありまして、Hip Chickっていうバンドをやってるんですけど、それはトランペットの市原ひかりさんとやってまして。

そのバンドをやってる最中に市原ひかりがソロデビューするっていう話になったんですよ。
ポニー・キャニオンからデビューすることになりまして、その時のサウンド・プロデューサーが鈴木茂さんと佐藤博さんの二人がプロデュースしたんですね。

音楽に詳しい方だったら判ると思うんですが、わりとAORだったりとか、結構渋い音楽というイメージだと思うんですけど、そういうのをファーストアルバムで市原ひかりはやったんですね。

その時に、市原ひかりのプロデュースするにあたって、彼女はどういうライブをやってるのかっていうのを見に来たんですね。

その時、たまたま僕が叩いてたんですね。
その時に佐藤博さんがいらっしゃってて、終わった時に"君、ちょっとおもしろいからさ、家に遊びにきなよ"って。

今井:すごいね!家に来いと!

小笠原:恐る恐る、後日行きまして。
素晴らしい音源だとか、いろいろ聴かせてもらって。
こんな音楽があるんだ!と、カッコイイなぁと思って。

そうこう、一カ月に一回くらい遊びに行ってたんですけど。
そしたら、電話がかかってきて"君、小笠原君ね、山下に紹介しといたから"って言う訳ですよ。

山下? どこの? 
どちらの山下さん?

まあ"ありがとうございます"って、何か仕事かもしれないから、嬉しいなと思って。
そうこうしているうちに、インペグ※の方から電話があって、都内某所で顔合わせをしたいと。

※アーティストのCDやコンサートの伴奏者、テレビ番組や映画のBGM、オーケストラピットで演奏するミュージシャンを斡旋すること

そしたら、山下達郎氏と顔合わせようと。
そんな事はないでしょうっていう話なんですけど。

今井:達郎さんに、いきなり顔合わせで呼ばれた!

小笠原:その日、会った時も、どうも信じられなくてですね。
もともと高校生の時とかにCD聴いてたりして、メディアの人というか、会えるような人じゃないというところで、どうも信じられなくて。

目の前にしても、ほんとだったら、もっとドキドキして"どうしよう"ってなるはずなのに、妙に冷静で。
それで、会って喋って。
もっと怖い方なのかなと思ってたりして、でも凄い気さくで。
僕なんかにも色々な質問をして下さって。

僕も会えたっていうことが嬉しくて。
その日帰ろうとした時に"じゃ、後日セッションしようよ"って言われて。
"セッションできるんだ! こんな夢みたいなことあるんだ!"って思って、行ったんですよスタジオに。

今井:やっぱ、緊張した?

小笠原:いやぁ、もう、手震えるし、足震えるし・・・
自分は、そんな自信も無かったし。
けれど、やってきた事は間違いじゃないって確かめられるかもしれないって。

この人とやれたら間違ってないかもっていうところでセッションに臨みました。

今井:僕たちプレーヤーって、みんなそうだと思うんですけど基本的には正解って無いじゃないですか。
数字とかで出るわけじゃないし。ま、売上とかって別の話だとしても。

例えば、仕事行っても、それが良かったか、悪かったかって、"良かったよ"て言われても、それが本心なのか社交辞令なのか、わかんないじゃないですか。

自分がやってる事が間違ってるのかとか、間違ってなかったとのか、という実感っていうのは、凄く大事で。
だからその気持ちは凄く判る。

で、セッションしたわけだ。


小笠原:セッションして、4、5曲やったんですよね。

今井:達郎さんの曲をやったの?

小笠原:そうですね、4曲ほど達郎さんの曲をやったのかな。
あとは、Whta's Going Onをやりまして。

今井:事前にこの曲やるよって言われてたの?

小笠原:一応資料下さったんですけど、割と近々に。
音源をもらって・・・・
勉強になったと、僕自身が。

これは経験できないだろうと。
相当勉強になったなという感情があって、家に帰って。
夢みたいな話だったなぁと思って。

そしたら月に一回くらい、突然リハをやるぞみたいな話になって。
リハといっても、ぼくの若いエキス的な・・・

◎ 山下達郎氏のツアーメンバーとして

今井:話が戻るんだけど、最初のセッションの時って他のメンバーとかいたの?

小笠原:いました。ベースの伊藤広規さんがいました。

今井:広規さんがいたの?! 本気じゃん!

小笠原:そうなんです。本気過ぎて。
達郎さんがギターの、3人かな。
難波さんはいなかったような気がする。

今井:へぇ~ 
で、リハするって話になって、何のリハか判らないね。
別にライブが決まってるとか、じゃドラムお前いくからとか・・・


小笠原:なんのアナウンスも無く、とりあえずリハするって言われたんです。
リハっていうか、セッションを毎月するぐらいの話で。

育ててくれてるのかなと思って。
しばらく、それが続いて・・・

そこらへん、曖昧になってきてるんですけど、突然ある時期からツアーだからみたいな(笑)。

今井:すごいな、それ!
セッションを重ねてたら、ある日突然ツアーリハになってたみたいな!
月一回会う時っていうのは、メンバーはだんだん増えてきてたの?


小笠原:徐々に増えていったんですよ。
難波さんが来たり、最後の方に佐橋さんが来たり。
コーラス隊の皆さんとかサックスの土岐さんは、ほんとのツアーリハになった時からお会いしたんですけど。

今井:凄い、流れだね!
それで、達郎さんのバックになることになったんだね。


小笠原:でもやっぱり、情報とか出せなかったので、ツアーやりますとか。
僕も廻りに""やるの?"なんて軽く聞かれても"イヤ!やらないよ!"みたいな(笑)
ほんとに親にすら言えないくらいで。

質問:達郎さんはドラムにうるさいようですがプレッシャーは無いですか?

小笠原:これは聞くまでもないです。プレッシャーだらけですね。

今井:要求は多い方?
洋輔さんのときは好きにやらせてって感じでしたけど達郎さんの場合って要求は多いほうなんですか?


小笠原:意外にも、すごく多くはないんですよ。
なんですけど、細かいところを、かなり教えて下さるんで。

今井:どういう細かさなの? 例えばタイミングの話とか、音色とか、いろいろあるけど。
それって聞いちゃまずいかな? 俺が凄い興味ある!


小笠原:いえいえ大丈夫です。
例えば、ドラムのフィル・インを・・・

今井:フィルっていうのは、たとえばAメロからBメロにかわる時とか"タッ・タッ・タタトン"とかやるでしょ、あれがフィルです。はい、どうぞ。

小笠原:そのフィルを始める位置が遅いと。

今井:それは、一小節前とか入るとか、そいう意味の遅いなのか? 入るタイミングはいいけどニュアンスが?

小笠原:ニュアンスも勿論大事なんですけど、例えば、完全に一拍目から始めたとして、それから半拍前から始めたほうがいいとか。すべてのフィルに当てはまる話ではなく、この曲のこの場所は半拍早くないと世界観が失われるっていう話だと思うんですよ。

それを"あ、遅い"っていいう言われた方をした瞬間に、ああなるほど、そういう風な・・・

今井:言葉は多くないんだ。"あ、遅い"っていう言葉から感じ取って、やっていかなきゃならないって事だね。

小笠原:そうですね。

今井:そりゃプレッシャーすごいね!

小笠原:達郎さん、全部楽器できるし。
むしろドラマーだったので、ハットのオープンだとかが、それじゃダメとか。そういうのもあるんで、プレッシャーだらけです。

質問:達郎さんのバンドメンバーと誰と仲が良いですか?

小笠原:僕の次に若い人は、今50歳だと思うんですよ。
もはや息子。みんながそんな感じだと思います。
誰と仲良いって、みんなそれぞれが、かわいがってくれてる感じですね。

質問:影響を受けたドラマーを教えてください。

小笠原:一番はジェフ・ポーカロですね。
それはもう、神ですね。僕にとっては。

今井:歌もののドラマーとしては素晴らしいよね。

小笠原:そうですね。あそこまで歌えるかっていう位、歌うじゃないですか。
ドラムが歌うって表現的に変な話かもしれないですけど、あの人は歌ってると思うんですよね。

今井:話は戻りますが、詰め込んでやるよりも、結構アドリブベースが多いんですね。

小笠原:さっきやった恰好良かったフィルをもう一回やってよって言われたら、判んないですね。

今井:達郎さんは、わりとそういう所は許してくれてる?

小笠原:そうですね。あの人は、どちらかといったらアドリブを結構曲の中でも多様するじゃないですか。
ソリストですから。

今井:でも、ちゃんと意味を判ってやれよって事だね。

◎ 山下達郎氏の曲で難しいのは・・・

質問:達郎さんの曲はいろんな人が叩いていますが、これが難しいと思う曲は?

今井:レコーディングで、いろんな人が叩いてた曲をライブで・・・それはね、難しさがあって、達郎さんに限らずだけど。

レコーディングは、その時々にいろんな人が集まって録ってて。
でもライブになると、いろんな時代背景だったり、そういうの無視して同じメンバーで一つのものを作んなきゃいけないので、切り取り方って難しいよね。

どこまでを尊重しつつ、どこまでを受け入れてっていうか、そのバランスが凄く難しいよね。
達郎さんの曲で、すごく難しい曲はありますか?
聞いちゃまずかったですかね?



小笠原:いえいえ全然大丈夫です。
そうですね、僕はライド・オン・タイムとか難しかったですね。
いまだに難しいと思ってます。

あれは、独特なハット・ワークみたいなものがあって。
そこだけは、変えれないんですよ。

今井:どういう感じなの?説明できる?

小笠原:たとえばサビに入ると、チチチン、チチチン、チチチン・チチチチっていうのを必ず基本でやらんきゃならない。

はじまると、チチチン、チチチン、チチチン・チチチチっていうのをやらないといけないので。
それをやりながら、ダンスビートを叩くっていうのが凄く難しい。

普通、ズッチー、ズッチー、ズッチー、ズッチー、って行けばいいのをチチチン、チチチン、チチチン・チチチチってやらないといけないという。

これがないとライド・オン・タイムにならないという所が外しちゃいけないと思うんで。

それを録ったドラマーの個性だとか、それはちゃんとやらないといけないなという所が難しいと思います。

◎ ライブ中の失敗エピソード

質問:ライブ中の失敗エピソードは?

小笠原:山ほどありますよ!数えきれないレベルでありますよね。
ただしバレるかバレないっていう点では、もしかしたらバレてない事が多いかもしれません。

今井:一番の失敗は?

小笠原:次の曲のテンポが判らなかったっていうのがあります。

今井:同期とかじゃ無かったっていう事?

小笠原:それは仕事とかする前ですけどね。

今井:それで、どうしたの?

小笠原:"判んない"って言ったの(笑)

今井:ハハハハ(笑)これ面白いね。

小笠原:さっき同期の話があったんですけど、達郎さんは9割方、同期は無いんですね。
全部その場所で、その人達しか音が出てないっていう事しかやってないですけど。

◎ モニターづくり


質問:やっぱり、ドラマーはベーシストとの相性って大きいんですか?

小笠原:そうですね、物凄く大事だと思いますけど。
でも・・・

今井:話逸れてしまうかもしれませんけど、ライブとかで何聞いてやってる?
どういう聞き方してる?


小笠原:要はモニターづくりっていう話ですね。

今井:そうそう。今の話はどういう事かっていうと、演奏してる時って皆さんが聴こえてる音量バランスで聴いてないんですよ。自分が演奏しやすいバランスにして、例えばドラム大きく聴きたいと思ったら聴こえるようになってるっていうのが・・・・って事ですね。

小笠原:やっぱりボーカルは一番大きいですね。二番目がベースですね。
で、徐々にみんなバランス良くっていうのが基本ですね。

◎ ドラムセットのこだわり

質問:ドラムセットで何か拘りはありますか

小笠原:拘り・・・・
そうですね・・・ん~

今使ってるセットが3タム1フロアーっていって、3つタムが前に並んでいてフロアが一個あるっていう。
それはですねミーハーな意見になるんですけど、ジェフ・ポーカロが多様してた、ジェフ・ポーカロ=3タム1フロアーもしくは2フロアーくらいの・・・それが印象的なんですけど。

そこに凄く憧とれてたっていうのと、自分が単純に、それの音が聴こえるっていったら変なんですけど、そう叩きたいと思ったのがありまして。

大きなツアーだったりすると、だいたい3タム1フロアーやってますね。

あとは、やっぱりSparkleっていう曲、達郎さんの曲でですね、最初のフィルが、それくらいないと出来ないっていう話もあるんですが(笑)


今井:(質問みながら)モニターづくり気になるって言ってくれてますね。

小笠原:マニアックですね!楽器やってますね!

今井:ドラマーはベース聴くよね

小笠原:そうですよね。そこ聴かないと、どうしようもないんじゃないですかね
音楽、特にバンドサウンドでベースって、いかに大きいかって話ですよね。
いかに役割が大きいか。

今井:目立たないとか、よく言われてますけど。
皆さんで出来るか出来ないか判りませんけど、ベースの音無しにして他の音聴くと、何これ?っていう位変わる。
ほんとそうでんです。ベースって一番大事。


◎ 今後の展望


今井:さて、今後の展望とか夢とか、こういう事がしたいとか、こういう風になりたいとか、描いているビジョンとか道筋とかあるの?

小笠原:そうですね、日本のドラマーで憧れるドラマーっていうのが、村上ポンタ秀一さんと、山木秀夫さん、青山純さん、挙げるときり無いですけど。

いわゆる裏方の仕事をしている人達なんですけど、凄く表に名前が出てきてる人達だと思うんですよ。

今井:裏方って言い方しましたけど、僕たちサポートミュージシャンという職業なので、例えばケミストリーとか山下達郎みたいな、看板でやってる訳じゃないじゃないですか。

僕たちは自分のバンドで活動してるわけじゃないので、こういうスタジオミュージシャンって沢山いて、色んな現場に行ってやるんですけど、なかなかね、表には出ない。という意味の裏方ですね。

それにも関わらず、音楽詳しくないよって方でも聞いたことある位、名前が出てるって事だよね。


小笠原:そうです。ポンタさんは確か、僕の記憶が正しければ「笑っていいとも」に出てるくらいの方で、たしかテレホンショッキングが何かに出てるんですよ。

そのレベルの人達がいるってことがあるんで、僕はやっぱり名前の出るミュージシャンになりたいと。
いわゆる個性的なミュージシャンになりたいという事なのかもしれないですけど。

でもサポートの根本は守りつつ個性を出していけるっていうところで・・・
名前の出てくるミュージシャンになりたいっていうのが今後の目標にあるんですけど。

今井:それって、名前を出すためにバンド作ってデビューとかじゃ無いんだろうけど、ソロ活動じゃないけどアーティスト的な自分のバンドで何かやるとか、自分の名前を出して何かをやっていくという方向なのか。

あくまで、僕は一サポートドラマーだと、その中でも、にも関わらずその殻を破るくらいって事なのか。


小笠原:そこははっきりと決めてる訳じゃないんですよね。
ソロデビューしてもいいだろうし、サポートオンリーであってもいい。

今井:いろんな方向性は見ながら、でもとにかく、そういうのがやって行きたいと。
熱いですね!


小笠原:そうですね、熱くなっていきたい!

今井:(コメントみながら)青山純さんの息子さんの英樹さんが好きだ!

小笠原:素晴らしいですよ!

今井:英樹君すごいよね。

小笠原:むちゃくちゃ上手いですよね。

今井:あの親のにして何でこうなったんだって(笑)

小笠原:確かに、方向性としては結構真逆な方に行ってますよね。

今井:オレ初めて見た時ビックリしたもん!
そっちなんだって。でも素晴らしいですね。


小笠原:素晴らしいですね、カッコイイですよ。

今井:今日はほんとに熱い話を聞かせてもらって。
皆さん、注目してください。これからどんどん名前が出てきます!

っていう事で皆さん楽しんで頂けたでしょうか。
今日のゲストは小笠原君でした。


小笠原:ありがとうございました。












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