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DATE: CATEGORY:サンソン「ソングライター特集」
山下達郎さん サンデーソングブック 2015年03月29日『ジミー・ウェッブ特集 Part 5』


今年も桜が咲きました。
写真は外海(長崎市西出津町)にある出津(しつ)教会。
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会のひとつです。
SHITU CHURCH


今週のサンソン、最後にかかったPiano (Demo)、いい曲でした。
ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

早いもので、3月も終わりです・・今週で。
年度末でございます。

年度末というと、ラジオもメディアは番組改編。
この季節になりますと、そういうお便りが・・
「大丈夫なのか!」

全然大丈夫です!

何事も無かったかのように4月に入るんです。
おかげ様で、来年度もちゃんとやりますので(笑)
引き続き宜しくお願いします。

私、今レコーディングやっておりまして。
今月いっぱいが締め切りの仕事でございますので。
結構今もう、ウンウンテンパッておりますので、今日は前倒しでございます。

お天気の話とか、申し上げられません。

えぇ・・来週になりますと、ちょっとリアルタイムで出来ますので、その時にまたフォローしたいと思いますけれども。

番組の方は、そんな年度末だというのに、3月ついに5週間全部ジム・ウェッブで、埋めてしまいました。
大丈夫なんでしょうか・・・
大丈夫です!

自分で自分の(笑)・・・
これが本来のサンデーソングブックのですね、始めた時からのアレなので。
ここの数年間、随分こう・・自分で言うのも変ですけども、柔らかくなって・・

昔はほんとにパッツンパッツンにオタクな番組であったんですけども。
最近はそうでも無くなってきましてですね。

これじゃいけないと思って、反省はしてませんけども。
たまにはソングライター特集・・
ソングライターの特集は、もうほんとに色んな人をやり続けてきて、おりましたがですね。

まだ、これからも先、続きますが。
ジム・ウェッブ、もう5週間でも、全然足りませんね(笑)

初めた時には3週間くらいで何とかなると思ったんですけど(笑)
とんでもない・・やっぱりキャリアが長い人は、大変です!
頑張ってやりたいと思います。

今日はPart5、最後になりますのでジム・ウェッブ自身の歌を中心に、やりたいと思います。
とは申しますものの、70年代以降の作品化されているものではなくて、デモとかですね・・
あとはCD化されてないものを中心に、今日はお聴きを頂きたいと思います。

今日はほとんど未CD化のオンパレードでございます。

コレクター関係の方には喜んで頂けると思います。
何十人いるか判りませんが・・・

そんなわけで、でも曲は結構いい曲ばっかり今日は、並んでおりますので。
ジム・ウェッブ、ファイナルをお楽しみ頂きたいと思います。

日曜日の午後のひととき、今日も素敵なオールディーズでお楽しみを頂きます。
ジミー・ウェッブ、ソングライター・ジミー・ウェッブの特集のPart5でございます。

今日も最高の選曲と最高の音質でお届けを致します。

ではお知らせを挟みまして、今日もいってみたいと思います。
 
~ CM ~

◎いろんな人が 

達郎氏:

3月は、結局5週間全部ジミー・ウェッブの特集になりました。
特に60年代、60年代後期からのジミー・ウェッブがソングライターとして華々しくデビューした初期のものを中心にお聴きを頂きました。

ソングライターという中でも、いろんな人がいましてですね。

ソングライターの中にはどうしても自分で歌いたいという欲求が強い人が多い・・・
いますね。

私は、歌はあれだから曲だけ書くという人もいますし。
自分のデモテープを自分で歌いたがるという、ま、キャロル・キングなんかはそれが高じて・・

ま、もともとキャロル・キング、バリー・マンも歌手志望だったんですが、夢は叶わずにソングライターになりまして、そのあとまた自分で歌い始めて・・・
キャロル・キングはそれで、ソングライターに勝るとも劣らない成功を収めましたが。

たとえば日本でいますと、筒美京平さんなんかは絶対自分でお歌いになりません。
彼のデモテープは全部キーボードでの演奏でありますが。

そういう方もいらっしゃいますが、やっぱりどうしても歌いたい。
ジム・ウェッブはまさに、どうしても歌いたいと、そういう人なんですね。

だからソングライターであれだけ成功しても、やっぱりどうしても自分で自分の作品を表現したいと。

その衝動は初期からあったようで。
モータウンで下働きをしていたあとに、オーディオ・アートというマイナーレーベルでやはり下働きをしましてですね。

その時に、ま、出さしてもらったんですね。これはね。
ミッドナイト・メールというグループ作りまして。
作詞作曲ジム・ウェッブ。

The Midnight Mail フューチャリング、ジム・ウェッブというですね。
ジム・ウェッブというクレジットで出ましたシングルが「I Can't Get It」という。

あまり、おもしろくないんですけども(笑)
でも、話のタネです、これ。
レアなので。

ソングライターとしてジョニー・リバースに認められまして、ヒットが出かけた頃にジョニー・リバースが「お前、自分で何かやってみろ」と言われまして、ジョ、ニー・リバースのレーベル、ソウルシティで出したのが「ストロベリー・チルドレン」という名義の友達と作ったバンド。

これも作詞作曲ジム・ウェッブ、アレンジ・ジム・ウェッブ、プロデューサーもジョニー・リバース。
「Love Years Coming」という一曲でございますが。
2曲続けてお聴きを頂きましょう。

♪ I Can't Get It/The Midnight Mail

♪ Love Years Coming/Strawberry Children






◎デモテープ 

達郎氏:

ジム・ウェッブは、そんなわけでソングライターとして脚光を浴びてスタート致しました。
書きためた曲を世の中に出すためにはデモテープというものを作ります。

そしたデモというものが、今でも沢山残っております。

そのほかピアノの弾き語りのデモなんですが。
60年代の末に出たと思われるジム・ウェッブ・ソングブックという2枚組のプロモーション用のアルバムがLPがございまして。

何にも書いてないんですけど。
これ2枚組なんですけど、これの3面と4面に針を落としますと、突然、既成の・・
例えばFifth Dimension の既成の曲のあとに、突然ジム・ウェッブのですね(笑)・・
ピアノの弾き語りが登場しまして。

それが全部で8曲聴くことができます。

今日は、その中から1曲。
せっかくですから、後にレコーディングされてるものを聴いてみましょう。

後に1971年に自分のアルバム『And So:On』に収録致しますが。
その後に1978年の、先週もお聴きを頂きましたアート・ガーファンクルのアルバム「ウォーターマーク」に収録されます。

それの一番元のデモ音源だと思いますが、60年代末の録音だと想定できます。
ジミー・ウェッブのデモバージョンの「マリオネット」
せっかくですので、アート・ガーファンクルの78年のバージョンを続けてお聴きを頂きましょう。

♪ Marionette (Demo)/Jimmy Webb
♪ マリオネット/アート・ガーファンクル

◎本人は全く納得をしていない 

達郎氏:

70年に『JIM WEBB SINGS JIM WEBB』というコロンビアからソロアルバム、ファーストソロアルバムですが、リリースされますが。

これは当時のデモテープを勝ってに出されたというものらしくて。
本人は全く納得をしていないという。

実際に私もこれは、昔聞きましたが。
歌は決して上手いとは言えませんのでですね。
今日はかけませんが。

60年代のジム・ウェッブは、そうした自分で歌ってる作品がいくつかあるんですが。
本格的なシンガーソングライター始める前なんですが。

一番出来のいいのがダンヒルで1968年に発売されましたリチャード・ハリスに提供した曲のオケをそのまま使って自分で歌っている「One Of The Nicer Things」という。

これ、何故か奇跡のように日本版が出たんですよ。
僕その当時、日本版出た時に買ったんですが、日本題が「想い出のきずな」というですね。
東芝が、まだダンヒルレーベル持ってる時代の・・

で、この時はもうジミー・ウェッブになってますね。
だからシンガーとしていくときはジミー・ウェッブになったんですかね。
判りませんが。

♪ One Of The Nicer Things/Jimmy Webb

曲かかってる時、資料見ましたらジム・ウェッブこっちのバージョンが先ですね年代的に。
リチャード・ハリスが1年あとに出てますね。

◎リスナーからのお便り(兵庫県加古郡のS.Mさん) 

達郎氏:

先週も申しましたように、この頃はほんとに売れっ子で。
映画のオファーというのが、沢山来まして。

そんなうちの一個でございますが。
1973年、雑誌プレイボーイがレコード業界と音楽業界に進出したときに作られました映画・・
たぶんこれ、日本未公開だと思いますが。
このスコアをジム・ウェッブが担当して2曲歌っております。

そのオリジナルサウンドトラックから「Fingerpainting」

♪ Fingerpainting/Jimmy Webb

ジム・ウェッブ歌うところの「Fingerpainting」という一作でございました。

~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

3月は結局全部、ジム・ウェッブの特集で終始してしまいました。

来週は4月、新年度でございますので、いろいろと会社とか学校とか新しくなって。
住まいが変わってラジオをつけたら見知らぬ番組があったという、そういうのがありますので。

来週は棚からひとつかみで。

ここひと月間、たまりに溜まったお便りがたくさんございますのでですね。
そういうのをご紹介しつつ。

引き続き、リクエスト、お便り、たくさんお待ち申し上げております。
新年度も変わらずサンデーソングブック、この時間で継続いたしますので。

102-8080
東京FM『山下達郎サンデーソングブック』の係

◎リスナーからのお便り(山口市のI.Iさん) 

『先日の放送で確定申告はご自分でやっておられるようでしたが、山下さんのような方は税理士さんに任せておられるだろうと思っていたので、ちょっと以外でした。』

達郎氏:

「意外」のいがいが違いますよ。
「以外」になってますよ(笑)

ちょっと言葉が足りませんでしたね。
もちろん税理士さんにお願いしますが(笑)
でも領収書の項目とか整理は自分でやんなきゃダメなんです。

領収書をまとめて、税理士さんに渡すという、そういうことです。

自分でそんな事できません。

税金たいへんです・・頑張って下さい。
もう終わったか・・ん。

◎エンディング 

達郎氏:

只今お聴きを頂きました「Fingerpainting」という・・
これも今はピアノのデモが残っておりますが。
それをかけてもいいんですけども。

もののついでですね、先ほどお聴きを頂きましたアート・ガーファンクルのマリオネットが入っております1978年の「ウォーターマーク」というアルバム。

全曲、ジム・ウェッブの作品で占められれているんですが、1曲だけ何故かですねサム・クックのカバー曲「ワンダフル・ワールド」これジェームス・テーラーとポール・サイモンが一緒にやって、大ヒットしまして。

これが1曲だけ入ってるのでですね、長いことこれは・・ヒット曲なのでこれは無理やり入ったんだと、思ってましたけども。

何年か前に、人から聞いて・・・
実はこれは、もともと「ウォーターマーク」というアルバムは全曲ジム・ウェッブで網羅されていたんですけれども、これが「ワンダフル・ワールド」がヒットしたために、この曲が一曲入ったと。足された代わりに、1曲差し替えられてしまったんですね。

それがまさに先ほどお聴きを頂きました「Fingerpainting」という曲でありまして。

オランダでテストで1回発売されたんだそうです。
77年に。

それで、すぐにそれが回収されて、この現在我々が聴くことができる「ウォーターマーク」のバージョになってきたんだそうです。

曲順も違うというですね。

ですので、それは非常にレアなもので、私も実際持ってませんけども。
昔、友達にDATでコピーしてもらった音の悪い音源がございますのでですね。

今日はそれをお聴きを頂きたいと思います。

完全に巷で聴くことが、今叶いませんのでですね。
貴重だと思います。

アート・ガーファンクルが歌う「Fingerpainting」

♪ Fingerpainting/Art Garfunkel

アート・ガーファンクルが歌う「Fingerpainting」、ボツになったテイクでございますが。


◎レッキング・クルー 

達郎氏:

さて、ここ5週間お聴きを頂ければ、お判りの通り、ジム・ウェッブの初期の作品はですね、いわゆるレッキング・クルーと言われるカリフォルニアのスタジオミュージシャンの力なしにはですね、とても成り立たなかったということが、よくお判りになると思いますが。

そんな中でも、とりわけドラマーのハル・ブレインという人は、非常に貢献度が高い人なんですが。

ちょいと番外編としまして、ジム・ウェッブのプロデュースしたハル・ブレイン名義のシングル「Hal Blaine His Drums & Orchestra」と銘打ってありまして。

68年、ダンヒルレーベルから発売されました。
タイトルが「Allegro From MacArtur Park」という。
MacArtur Parkのアップテンポの部分を引っ張りだして、これをアレンジ、コンダクト、プロデュース、ジム・ウェッブで展開してるというですね。
恐ろしい一作でございますが。

実はこの「Allegro From MacArtur Park」
「MacArtur Park」がヒットしましたので、そのインストバージョンというのが結構、やっぱり出そうというですね。
ダンヒルがそういう目論見がありまして。
この直後にモンク ヒギンスで「MacArtur Park」シングルカットしておりまして。

ほんとはそれ、かけたかったんですけど・・
まだシングル、これも注文したのに来なかったんですね。
3週間待ったんですけどね、来なかったんです。

なので、その代わりと言ってはなんですがピアニストのReg Wilsonという人がいますが、この人が、「His piano & Orchestra」という全く同じなんですが、ユナイテッドアーティストから出ました。

やはり同じタイトルで「Allegro From MacArtur Park」というですね。
やはり68年に、こんなシングル出しておりまして。
ジャズ・ミュージシャンにも実験性というのが認められたんだという証拠だと思いますが。

♪ Allegro From MacArtur Park/Hal Blaine

♪ Allegro From MacArtur Park/Reg Wilson

なんでこれ、かけたかといいますとですね、如何にこのハルブレインというレッキングクルーの演奏力がすごいかというですね。

同じアプローチでも全然フレッシュさというか、あれが違うという。
それがお聴きを頂ければ十分でございます。

◎エンディング

達郎氏:

というわけでジム・ウェッブ特集、5週間にわたってお届けしましたが。
まだ全然あれですね・・・
『The Last Unicorn』もかかってないし。

いろいろありますが、ま、だいたいのところのアウトラインはお判り頂けたかと思います。

特に70年代入ってからは、もう圧倒的にバラード、バラードでありますが。
まったりした感じの曲ばっかりになりますが。

現在でもまだ現役で歌っております。
いつまでもお元気でですね・・・
20世紀を代表するソングライターでございますので。
いつまでもお元気で。

日本の片隅から応援しております。

というわけで最後の曲ですが、何をしようかと思ったんですが。
私のとりわけ好きな一曲。
1972年のジム・ウェッブのアルバム「レターズ」に収められております。

「Piano」という曲があります。
いかにもミュージシャンらしい一曲でありましてですね。

これのデモバージョンってのがですね2004年にライノから出ました。
70年だのジム・ウェッブの作品を全部CD5枚組に詰め込んだボックスセットというのが出ました。

この中に、ピアノのデモバージョンが入ってます。
これが素晴らしいので、今日はこれを最後にかけたいと思います。

”最後の日が来た
もう別れを告げる相手もいない
残されたのはお前だけだよ ピアノ

どうせ 聞いちゃいないんだろうし
聞こうともしないだろうけど
お前のために一曲捧げるよ

いつもこんな感じだったよな
お前がそこにどっしり構え
大きな口を開けては 馬鹿みたいに笑ってる前で
俺は椅子をくるくる回していた

最期の歌を君に捧げよう
一晩中起こしておくつもりはないんだ
だからメゾピアノの優しいナンバーにするよ

俺もなんだか疲れたんだ
しゃんと背を伸ばすようには し この歌を捧げるよ
にこやかに笑いながら 一緒になってこの歌を歌おう

一緒に優しく終末の音楽を奏で
そして俺たちはゆっくりと ゆっくりと消えていく”

ジム・ウェッブ5週間特集しました。
ご清聴ありがとうございます。

♪ Piano (Demo)/Jimmy Webb


今週のオンエア曲

14:06 I Can't Get It/The Midnight Mail
14:08 Love Years Coming/Strawberry Children
14:13 Marionette (Demo)/Jimmy Webb
14:14 マリオネット/アート・ガーファンクル
14:18 One Of The Nicer Things/Jimmy Webb
14:22 Fingerpainting/Jimmy Webb
14:29 Fingerpainting/Art Garfunkel
14:34 Allegro From MacArtur Park/Hal Blaine
14:38 Allegro From MacArtur Park/Reg Wilson
14:43 Piano (Demo)/Jimmy Webb
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DATE: CATEGORY:サンソン「ソングライター特集」
山下達郎さん サンデーソングブック 2015年03月22日『ジミー・ウェッブ特集 Part4』

日曜日は朝から霞んだ天気の長崎市内。
PM2.5が100を超える異常さ。

今週のサンソン、70年代に聴いていたあの曲もジム・ウェッブでした。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

3月も下旬に入って参りました。

東京もようやく春っぽくなって参りましたが、またなんか、寒が戻るというか、そういうような予報も出ております。

今週はなんか最低気温が、先週よりも随分冷え込んでいるようです。
長期予報が目の前に置いてありますが。

寒暖の差が激しい季節でございます。
全国的にそういう感じでございますので、皆様、お体くれぐれもお気をつけ下さい。

私はレコーディングが、新曲のレコーディングが始まりました。
先週まで、デモテープを作っておりましたが、いよいよスタジオに入って具体的なトラックを作る作業に入っております。

相変わらず、お籠もりですが。

久しぶりにスタジオ仕事でございますので、なかなかノリが掴めるまで、暫く時間がかかりますので(笑)、頑張ってやりたいと思います。

また具体的なことが、お知らせできる段階になりましたら申し上げたいと思いますが。

秋田県大仙市のS.Tさん?

『ここ秋田も雪が消え、日中は気温も上がり太陽もよく顔を出しております。
東京は花粉が飛び始め、たいへんな時期かもしれません。

ただでさえ気温差が激しいので、くれぐれもお体に気をつけて下さい』

お便り頂きましたが。
私は花粉症はおかげさまで大丈夫なんですが、まわりが凄いです。

もう涙目の人とか・・・
花粉症もほんとに、なかなか酷いので、お大事に。

というわけで、ここんとこ3月はず~っとジム・ウェッブの特集をやっております。
3週の予定でしたけれども、今週で4週目に突入しましたが。

結局3月、ひと月全部・・
やればやるほどですね、やりゃやるほどって感じでございますですね。
どんどん出てきます(笑)

とても終わりそうにないんですが。
もう・・判りました!
3月いっぱいジム・ウェッブでやってみたいと思います。

5週間ソングライターの特集をやったのは、ギャンブル・ハフだけですね。
リーバー・ストーラーが4週間。
調べましたが、バリー・マンとかは3週間で。

キャロル・キングも3週間なんですけど、キャロル・キングはもう全部ワンコーラスずつという感じでございましたが。

今回見たいに全部フルコーラスでかけますとキャロル・キングなんかはもう、ふた月くらいあっても(笑)いいような感じがありますが。

まあ、うだ話はともかく、今週はジム・ウェッブ。

先週、先々週、その前・・・
基本的には時系列で60年代中期からずーっと年を追って参りました。
今週は、私の好きなジム・ウェッブの作品をお聴き頂きたいと思います。

来週はジム・ウェッブのソロ歌唱、シンガーソングライターとしてのジム・ウェッブ、それから割とレアなデモテープの音源。

そういうようなものを中心に番外編という形でお届けしたいと思います。

今週は一番曲のつぶが揃っているような・・
私が好きなジム・ウェッブの曲なので(笑)
自分で自画自賛!

そういうわけで久しぶりのソングライター特集でございますが。
だいぶハマってしまいましたが。
もともと私の好きなソングライターでありますので、今日もたっぷりとお聴きを頂きますジム・ウェッブ特集。

日曜日の午後のひととき、今日も素敵なオールディーズソング、ジム・ウェッブの素晴らしい名曲の数々でお楽しみを頂きたいと思います。

本日も最高の選曲と最高の音質でお届けを致します山下達郎サンデーソングブック。
それでは、お知らせを挟んで、さっそくまたジム・ウェッブPart4でございます。
 
~ CM ~

♪ The Magic Garden/The 5th Dimension

◎久しぶりに 

達郎氏:

久しぶりソングライター特集をやっております。
ジミー・ウェッブ、私の10代の大好きなソングライターでございますが。

その後、彼自身はシンガーソングライターの道を歩み始めますが。
主にソングライターとしてのジム・ウェッブを中心に、4週目に突入いたしました。

調子に乗って、どんどんエスカレートしていくというですね。
サンデーソングブックらしい、年度末なのに、いいんでしょうか!

いいんです!

二度と出来ませんから!
なので、今日は私の好きな、いろいろなジム・ウェッブの作品、彼がプロデュースしたものもありますし、他の人がカバーしたもの・・ありますが。

曲だけでなくて、演奏の良し悪しも加味してですね、いろいろとお聴きを頂きたいと思いますが。

◎ The Magic Garden/The 5th Dimension 

達郎氏:

まずはベタなところ、いきましょうか。
有名なところで。

The 5th Dimensionの1967年のセカンド・アルバムになりますが。
「マジック・ガーデン」

全面的にジム・ウェッブの作詞作曲、アレンジ。
プロデュースはエンジニアのボーンズ・ハウでございますが。

60年代カリフォルニアの最高のサウンドでございます。
このアルバムから「The Magic Garden」

我々の世代にはお馴染みの一曲でございます。

ただ、このアルバムはセカンド・アルバムで、一枚目の「Up, Up and Away」というアルバムはベストテン入りましたが、このアルバムは100に入ることが出来ませんでした。

ちょっと実験色が強すぎたという。
同時に出ましたテルマ・ヒューストンなんかも評価は高いんですが、チャート的には、あんまり成功したとは言えませんが。

でも今聴くと、全然そんなこと関係ありません。
良し悪しでございますがですね。
皮肉なものでございますね。


◎When It Was Done/Hugo Montenegro 

達郎氏:

さて1967,8くらいがもう、とにかくジム・ウェッブの曲の数の多さたるやですね、寝ないでやってるんじゃないかと・・・

毎日書いてんじゃないかという、感じでございますが。

そんな中から、これは1968年にリチャード・ハリスのアルバムのために作られました曲ですが。
これは1970年にですね、映画音楽の作家でありますが、ヒューゴ・モンテネグロという人がいますが。

いわゆるイージー・リスニングの範疇に入りますから、もうひっきりなしにアルバムを出しておりますが。
この人の1970年に出しました「COLOURS OF LOVE」というアルバムに、この曲が収められております。

リチャード・ハリスがたぶん好きだったんでしょう。
リチャード・ハリスの「Didn't We」とこの曲が2曲、ジム・ウェッブのナンバーとして収められております。

♪ When It Was Done/Hugo Montenegro

今の日本でヒューゴ・モンテネグロの演奏がかかるのは、僕の番組だけでしょう(笑)
ジェットストリームでも、もうかかりませんからね。


こういうイージー・リスニング系のアルバムの中にですね、ソングライターの作品を探すのは、ものすごく、もう・・
海辺で砂粒の中の・・探すような世界でありまして。

先週お聴きを頂きましたBuddy Grecoのバージョンもどこかのアルバムに入ってるんでしょうけど。

シングルしか持ってませんのでですね。

もし見つかったらリアルステレオでそのうちかけてみたいと思いますが。
このヒューゴ・モンテネグロのアルバムは運良く、昔から持っておりましたので。
お聴きを頂きましたが。


◎Montage/Picardy 

達郎氏:

さて、67,8、9ぐらいのジム・ウェッブのですね活躍たるや、もう大変なものでございまして。
いろいろなところから話がかかります。

で、ずーっとここの間、お聴きを頂いておりますように、ロックンロールというよりか、どちらかっていうとミドルオブ・ザロードと言いましょうかですね・・

そうした優しいメロディーと優しい曲調が特徴なので。
どちらかというと、そうした分野からオファーがたくさん来ます。

ほっとかないのが映画業界でございましてですね。

映画音楽をやらないかと、そういうオファーが沢山来まして。
サウンドトラックを手がけるようになります。

その一番、取っ掛かりの試作。1968年の映画「HOW SWEET IT IS」
デビー・レイノルズ、ジェームズ・ガーナー主演の映画ですが。
これのサウンドトラックに収められております。

「Montage」という曲がございます。
これのサウンドトラックとして2曲書き下ろしました。
「HOW SWEET IT IS」というタイトルソングです。
もう一曲「Montage」という曲ですが。

これのサウンドトラックを歌っていますが、Picardy Singersという。
これたぶん、いわゆるスタジオミュージシャンのグループだと思われますが。

これがダンヒルレーベルから、この2曲がですね、カップリングでシングルカットされました。
1968年のことでございますが。

アレンジ、コンダクト、プロデュース、By ジミー・ウェッブ。
作曲、ジミー・ウェッブ。

この時点ではジミー・ウェッブのクレジットになっておりますね。

シングルのクレジットはPicardyというクレジットになっています。

なお、一番最初がですね音がよれるんですが、これオリジナルのシングルのマスターが、元々こうなっているので。
すいません、これしかないので。

♪ Montage/Picardy

この時代のアナログシングルは、ラジオでのプレイの音圧をかせぐため、ものすごくレベルを入れてるのでですね。
しばしば歪ます。

元の歪から出てくるので。
盤質は良くても歪むんです(笑)

こういう時代なので。

この「HOW SWEET IT IS」のアルバム、サウンドトラックなので、こっちだったらリアルステレオでいい音かなと思って、もうふた月も前に中古レコード屋にオーダーしてるんですけど、まだ来ません!

最近、輸入・輸出が・・個人輸入がものすごく滞ってますね。
テロの影響だという話ですが。

来ませんでした。
残念です。

今お聴きいただきましたように、ちょっとシングルの音がですね・・
アレッ?っていう感じなので。

じゃ、サントラのアルバムにしようと思ったんですけど、すいません。
また機会があれば。


◎Crazy Mixed-Up Girl/Piper Grant 

達郎氏:

とにかくこの時代のジム・ウェッブの作品は、いろんな人にカバーをされまして。
それこそ、もう「マッカーサーパーク」なんて何人がカバーしてるか判らない。

このあいだの「Didn't We」なんて、そうですけども。
この曲も、そんな1曲でございまして。

テルマ・ヒューストンの69年のシングルがオリジナルなのか、こちらのイギリスの女性シンガーPiper Grantの方がリリースが先なのか。

えぇ・・わかりません。

が、微妙なところでございます。
たぶん、同時期であると思います。

そこから始まりましてダスティ・スプリングフィールド とかジム・ウェッブが自分でやってるやつ。

それからナンシー・ウィルソンからアレサ・フランクリンまで、いろんな人がカバーをしております。

有名なジム・ウェッブの曲としては、有名な一曲でございますが。

僕は何と言っても、この1969年のダンヒルレーベルから出たPiper Grant、この人はイギリスの女性シンガーですが。
一説によるとピケテ・ウイッチのポリー・ブラウンの変名じゃないかという説もございますが、わかりません。

いずれにせよ、素晴らしい一作です。

これはボーンズ・ハウのプロデュースして、エンジニアをやってまして。
アレンジがボブ・アルシバー、ビル・ホールマンというウェストコーストのミドルオブ・ザロード系のアレンジャーが手がけております。

このPiper Grantのバージョンだけ「Crazy Mixed-Up Girl」というタイトルでリリースされました。

♪ Crazy Mixed-Up Girl/Piper Grant

イギリスの女性シンガーPiper Grantですが。
録音はLAですね。
ハル・ブレインの炸裂したドラムが聴けます。

女性がカバーするバージョンが多いんですが。
ジム・ウェッブが自分で歌ってるバージョンもございます。

”あなたを手放せば
引き止めることが出来るのは 判ってる
私は なんて哀れなんだと嘆き悲しむ
あなたに芽生える罪悪感で行く手を遮ることもできる

でもふたりの間に時は過ぎ
今では あなたが去っても去らなくても
何も変わらない

そう 私が諦めてることは
あなたも知っている

なぜ私は誰かを必要としないのか
なぜあなたまで混乱してしまったのか

私みたいな混乱した女と一緒に”

冷めた恋の歌ですね。

なかなか深い話でございます。


◎Little Tin Soldier/Barbra Streisand 

達郎氏:

同じ69年にリリースされましたBarbra Streisandのアルバム「What About Today?」に収められております。
これはBarbra Streisandのバージョンしかございませんけども。

こうしたBarbra Streisandの・・代表されるような、いわゆるミドルオブ・ザロードのシンガーが好んで、この時代はですね・・

ジム・ウェッブの曲をこぞって取り上げてた時代でございます。
これはニューヨークのレコーディングですので、オーケストレーションがまたひと味違って素晴らしいテイストになっております。


♪ Little Tin Soldier/Barbra Streisand


~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

来週は、ジム・ウェッブ、ソロ作品。
あとはデモ・・割りとレアなやつ。

そういうようなものを行ってみたいと思っております。
来週5週で完結でございます。

3月はジム・ウェッブで「尽くし」でやっておりますが。
4月になりましたら、またリクエスト、その他、皆様のお便りお待ち申し上げております。

102-8080
東京FM『山下達郎サンデーソングブック』の係
宜しくお願い申し上げます。


◎芸術選奨 

達郎氏:

おかげ様で、先週も申し上げましたが「芸術選奨」頂きましたが。
この番組宛てにも、たくさんお便り、お祝いのおハガキ、お手紙・・
祝電まで、くださる方がいらっしゃいました。

ほんとに、ありがとうございます。

マスコミに報道が出ましたらですね、各方面の方々から、たくさんお祝いを頂きまして。
自分の誕生日とか、還暦のあれの時の数倍来てですね。

自分が思ってるより凄かった(笑)
私そんなもんかと思ってたんですが・・・
あとからですね、だんだん、だんだん恐ろしくなってきましてですね。

とんでもないもの頂いちゃいましたね・・・という感じでございますが。
ほんとに、ありがとうございます。
この場を借りて御礼申し上げます。

今後とも精進して参りたいと思いますので、何卒ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。


◎リスナーからのお便り(神奈川県川崎市のT.Tさん) 

『少し気になったのですが、文化庁の役人様はライブの内容を見て聴いて判断してると思うのですが、実際ライブに来ておられたのでしょうか。

それともワーナーの方から文化庁に提出するものがあるのでしょうか』

達郎氏:

何言ってんですか(笑)
ちゃんと、全員審査員の方がいらっしゃってご覧になってます。
えぇ・・・何卒ひとつ。


◎The Moon Is A Harsh Mistress/Judy Collins

達郎氏:

1970年代に入りますとジム・ウェッブ自身のシンガーソングライターとしての活動の方に軸足が移っていきますので、ヒット曲の数ががたっと減ってしまいますが。

それでも書き下ろし、その他の・・
それからジム・ウェッブが残した曲のカバー、そういう形で名曲が残っております。

これもそうした曲の一曲でございますけれども。

ジム・ウェッブは小さい時からSFが好きでですね。
そんな中からロバート・ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」というですね、タイトルそのままとって「The Moon Is A Harsh Mistress」というですね一曲を作りまして。

1975年にJudy Collinsの最初にレコード化しまして、それから色んな人がカバーする形でですね。
ジョー・コッカー、ジム・ウェッブ自身もございますし、グレン・キャンベル、リンダ・ロンシュタット・・・
いろんな人がカバーしておりますが。

なんといっても、一番最初のJudy CollinsのヤツがJudy Collinsが自分でピアノを弾いてる、なかなか情緒あふれるテイクになっております。

♪ The Moon Is A Harsh Mistress/Judy Collins


◎ サムワン・エルス 1958/アート・ガーファンクル 

達郎氏:

ジム・ウェッブをカバーしたアルバムの最高傑作はアート・ガーファンクルの「ウォーターマーク」だと思います。

全曲ジム・ウェッブと申し上げたいとこなんですが、1曲だけ何故かサム・クックの「ワンダフル・ワールド」のカバーが入っておりますが。

これ実は、本来は全曲ジム・ウェッブのカバーで出されるはずだったんですが。
その話はまた来週にしますが。

このアルバム結構好きなんですが。

特に好きな1曲がありましてですね。
ラス前に入っております「サムワン・エルス」という。

これ先日、ジム・ウェッブのインタビューを読んでおりましたら、もう一曲ないかとアート・ガーファンクルが言ったので『自分が一番初めて、若いころに、一番最初に作ったような曲がある』と言って、それを聴いたら、これをやろうという。

「サムワン・エルス」1958という副題がついておりますけれども。

”誰か他の人
前から僕にはわかっていたんだ
君は僕のものじゃないし
これからだって そうはならないだろうって

誰か他のひと
昨日の晩 君を見かけたんだ
君は彼にしがみついてた
そう 僕でない誰か他の人

でも僕は彼を憎めないんだ
だって 僕のこの苦しみは
いつか彼も味わう時が来るのだから

そう 絶対にいつか
そして彼にも判るんだ
いつだって他の誰かが
そこら中に居るってことを

僕が今知ったように”

ジム・ウェッブらしい(笑)一作でございますが。

♪ サムワン・エルス 1958/アート・ガーファンクル

私 70年代、暫くジム・ウェッブ聴いてなかったんですが、このアート・ガーファンクルのアルバムが聴いて、ジム・ウェッブ全然健在だなと。

そういう記憶がございます。
もうブラックミュージックどっぷりだった時代なんですけども。
このアルバムはよく聴きました。


◎エンディング 

達郎氏:

今日はこのへんで。
来週は最後のジム・ウェッブ特集Part5でございますので、ジム・ウェッブ自身の歌、それからジム・ウェッブのピアノデモ、そういったようなものを、ま、中心に。

ちょっと番外編も入れつつですね。
お時間の許す限り最後のPart5お届けしたいと思います。

来週もお楽しみに。

今日の最後は1988年、Kenny Rankinのアルバム「Hiding In Myself」という。
ここの最後に収められておりますジム・ウェッブが作詞作曲、そしてアレンジ、コンダクトも手掛けました。
Kenny Rankinとのコラボレーション

”彼女が動く
視線が這う
触れてみたい

誰もが彼女の虜
じっと見つめている

彼女が笑う
笑い声が広がる
石の波紋のように
プールに落ちる雨のように

彼女の立ち振舞うところ
僕の目がそこに釘付けになる”

珍しく素直な・・
ふふふ(笑)


♪ She Moves, Eyes Follow/Kenny Rankin

今週のオンエア曲

14:05 The Magic Garden/The 5th Dimension
14:10 When It Was Done/Hugo Montenegro
14:16 Montage/Picardy
14:21 Crazy Mixed-Up Girl/Piper Grant
14:25 Little Tin Soldier/Barbra Streisand
14:35 The Moon Is A Harsh Mistress/Judy Collins
14:40 サムワン・エルス 1958/アート・ガーファンクル
14:43 She Moves, Eyes Follow/Kenny Rankin


DATE: CATEGORY:サンソン「ソングライター特集」
山下達郎さん サンデーソングブック 2015年03月15日『ジミー・ウェッブ特集 Part 3』

長崎市内は春雨が降っています。
達郎さんが文化庁の「芸術選奨文部科学大臣賞」受賞者に決定したことが発表されました。
おめでとうございます。
NHKニュースにも達郎さんが・・・

平成26年度(第65回)芸術選奨
部門:大衆芸能
賞名:大臣賞
受賞対象:「山下達郎 Maniac Tour~PERFORMANCE 2014~」の成果
贈賞理由
山下達郎氏は「Maniac Tour~PERFORMANCE 2014~」において,近年演奏する機会がなかった作品を主体としたツアーを実施。これまでのライヴ同様,録音化された作品とは別個に,バンドを率いての生演奏による自然発生的な要素を加味した柔軟な演奏を展開。とりわけ評価の高い歌唱をはじめ,充実した音楽内容はより完成度を高め,際立つ個性とその存在感を示した。「クリスマス・イブ」に代表されるこれまでのシンガー・ソングライターとしての実績や,竹内まりや作品における制作者としての手腕に加え,ポップス史研究者として一般への紹介における貢献など,今後,多方面での一層の活躍が期待される。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。

◎ 冒頭

達郎氏:

早いもので、3月も真ん中になりました。

3月15日というと、確定申告が終わりですね。
私は自由業なので、サラリーマンの方は、あんまり関係ないと思いますけども。
自営業はですね、確定申告、マストなので(笑)

私、一生懸命ですね、領収書整理して、ちゃんとやらなきゃいけませんが。

何しろ、忙しいもんで・・4ヶ月分くらい溜まって参りましてですね、山のように領収書があります。

延々、夜中ひとりで、やったりしますが。
なんか、辛気臭い話ですいませんけど。

この番組をお聴きの方も、自営業の方、たくさんいらっしゃると思います。
たいへんですね、お互いに(笑)
ちゃんと税金は、いいところに使って頂きたいと思いつつ。

えぇ・・くだらないこと(笑)言っておりますが(笑)

曲書きしておりますので、今日は結構前倒しで録っておりますので。
お天気のお話とか、話題とか申し上げられませんで、すいません。

一生懸命、曲を書いております。

番組の方は、ジム・ウェッブ・・・
ソングライター、ジム・ウェッブ特集 Part3に突入いたしました。

3回の予定で計画してたんですけど、とても、全然間に合いません(笑)
なので、来週も引き続きいきたいと思いますが。

今週からは、先週、先々週、Part1,2はヒットソング中心ですが、今週からは私の好きなジム・ウェッブの作品。

ですので、全然、色々な方、お好みございましょうけどもですね、結構違う選曲でございます。

例えばテルマ・ヒューストン とかかかりませんで・・
私の好きな・・
あと、レアなものも、せかっくやりますので。
少しレアなものも入れてやってみたいと思います。

Part3に突入いたしました。
ギャンブル・ハフのように5週間続くんでしょうか、判りませんが。

ソングライター、ジム・ウェッブの素晴らしい作品を今日もお聴きを頂きたいと思います。
Part3になります。

日曜日の午後のひととき、今日も素敵なオールディーズソングでお楽しみを頂きます。
ジム・ウェッブの素晴らしい作品をお聴き下さい。

今日も最高の選曲と最高の音質でお届けを致します、山下達郎サンデーソングブック。
それでは、お知らせの後に、さっそく今日も、いってみます。

 
~ CM ~

◎CD化がされていません

達郎氏:

山下達郎がお送り致しておりますサンデーソングブック。
ソングライター、ジム・ウェッブの特集はPart3に突入を致しました。

久しぶりにサンソンらしいプログラムでございます。

でも今回このジム・ウェッブの、いわゆる作品集をやるにあたって、色々と音を集めましたけれども、CD化が思ったよりされてませんね。

60年代初期の、例えばリーバー・ストーラーとかですね、50年代のリーバー・ストーラー、それからキャロル・キング・・
そうしたような人達に比べて、圧倒的にジム・ウェッブの作品はCD化がされていませんし、昔されたものも今はほとんど廃盤で手に入らないというものなので。

ま、YOUTUBEで聴くしかないんですけども。
せかっくですので、なるべく、そうした隠れた名作みたいなものを中心に、今日はお聴きを頂きたいと思います。

今日はヒット曲は1曲もありません。


◎ 興味深いトラック 

達郎氏:

3月1日にお聴きを頂きました「I Keep On Keeping On」
あれはB面でございまして。
本日はA面の方をお聴きを頂きます。

「This Is Where I Came In」という。
作詞作曲、アレンジ、コンダクト・・・ジム・ウェッブ。
イーというマイナーレベールから、インディレーベルから発売されたものでございますが。

同じくイー・レコード(E Records)という、この・・・66年に発売されましたDon Ray Sampsonという男性シンガーが歌います「Take It Easy」、これの作詞作曲、編曲、コンダクト、ジム・ウェッブ。

2曲続けてどうぞ。

♪ This Is Where I Came In/The Contessas

♪ Take It Easy/Don Ray Sampson

ソングライター、ジム・ウェッブとしての最初期の作品、2曲。

The Contessas、1965年「This Is Where I Came In」
この曲は本人ジム・ウェッブも気に入ってるのか知りませんが、テルマ・ヒューストンとかリチャード・ハリスで、その後カバーが結構作られました。

あとは66年、Don Ray Sampsonの「Take It Easy」という曲でございました。


ま、曲の面白い、つまらないは別にしまして、資料的な価値は、あるものですので。
二十歳そこそこのジム・ウェッブのアレンジのやりかたとか、そういうのが興味深いトラックであります。


My Christmas Tree/The Supremes

達郎氏:

3月1日、1回目にちょっと触れましたが。
本人のインタビューで一番最初に印税をもらった曲というのが、シュープリームの1965年のクリスマス・アルバム「メリークリスマス」に入っております「My Christmas Tree」
。これで350ドルもらったというですね、インタビューに出てきました。

その曲を聴いてみましょう。

♪ My Christmas Tree/The Supremes

駆け出しのソングライターにとっては、こういうシュープリームスみたいなビッグネームに曲が使われるなんて、ほんとに、嬉しくてしょうがないという・・・ものですが、私なんかも、そういう経験がありますけれども。

初めて自分が書いた曲がですね、そうしたシンガーに使われたり・・ような時は、ほんとに嬉しかったものですが。
それを思い出しますね(笑)

◎One Stand Here/The Johnny Mann Singers

達郎氏:

何度も申し上げておりますように、ほんとに、1960年代後半に、いきなり脚光を浴びまして、時代の寵児になりまして、ジム・ウェッブ・・・ソングライターとしてですね。

ですが作風は、どちらかというと、優しいメロディーですので、バート・バカラックとか、後のロジャー・ニコルスとか、そういう人達と同じでですね、ミドルオブ・ザロード系の人達にたくさん採り上げられることになりました。

そんなような中からですね、割と出来のいいヤツを今日はお聴きを頂きたいと思いますが。

ジョニー・マン・シンガーズ。
ウェストコーストでも活躍してます、いわゆるスタジオコーラス・グループ兼・・・いわゆる・・コーラス・グループですが。

ジョニー・マンという人のリーダーシップで作られておりますThe Johnny Mann Singers。
1967年に出しました『GOODNIGHT MY LOVE』というアルバムに収められております。

元々は1967年にジム・ウェッブ自身のユニットでありますストロベリー・チルドレンの名義でSoul City レーベルからシングルがリリースされましたが。
それのカバーでございます。

♪ One Stand Here/The Johnny Mann Singers

クレジット見ますと、アレンジしてるのが、なんとジョンバーラー。
ラヴ・ジェネレーションですね(笑)
いかにも!という感じで、ございますが。

このへんの、いわゆるソフトロック好きな方には気に入って頂けると思いますが。
こういうの、全くCDになりませんからですね。


◎5:30 Plane/Connie Stevens

達郎氏:

お知らせの前にもう一個。
こんどは、Connie Stevensの・・私の番組ではお馴染みですけれども。
Connie Stevensの1970年、ベル・レーベルからリリースされました。

プロデューサーがディックグラッサーで、アレンジがアーニー・フリーマンですからThe Vogues / ヴォーグスのプロダクションですが。

ウェストコースの、この時代ですので、もうジム・ウェッブ、何か曲をやりたいと。
そういう感じだと思いますが。

♪ 5:30 Plane/Connie Stevens

駄作のないConnie Stevens
1970年のベル・レーベルからのシングル「5:30 Plane」

5時半の飛行機

もともとは67年に、やはりミドルオブ・ザロード系のピカウディシンガーズ、こちらの方はジム・ウェッブが自分でやってるやつですけども。
出来はこっちの方が、僕、好きなので。
今日は、Connie Stevensのバージョンでお聴きを頂きました。


~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

当初は3週間で終わる予定だったんですけども、とても無理です。
来週も引き続き(笑)、いきます。

3月全部、やっちゃおうかな(笑)
ソロまで辿り着かない。このままいくと。

でも、ほんとに、今日は割りとコレクター向けの、割りとカルトなヤツですが、来週はもうちょっと戻ってですね、有名なところを少しフォローしようと思っておりますが。

いろいろ考えましたけども、ジム・ウェッブは結構研究してる人がたくさんいるので。
なるべく、こう・・オンエアされないCDになってないヤツを務めて選ぶように、今日、しております。

今日、一番濃いかもしれません。

◎4月 

達郎氏:

4月に入りましたら新年度になりますので、またリクエスト等、いってみたいと思います。
お便りお待ち申し上げております。

102-8080
東京FM『山下達郎サンデーソングブック』の係

◎ご報告 

さて、ちょいとご報告がありますが。

まずは竹内まりやさんの話題ですが。
7年ぶりのオリジナルアルバム「TRAD」去年出たやつですが。

これが第7回CDショップ大賞 2015年部門賞 マエストロ賞を受賞しました。
いわゆるCDショップの店員の方の投票で選ばれるやつですが。

それのマエストロ賞。
ここに書いてありますが・・・

『永年にわたり音楽シーンを牽引し、目覚ましい功績を残しながら、今なお第一線で活躍を続けているアーティストの作品に贈られる賞です。』

すごいっすね。

あとですね、彼女は島根県の出雲の出身でありますけども。
数年前に「愛しきわが出雲」というですね、出雲の歌を作ったり致しまして。

そうした楽曲提供、それから出雲を全国に情報発進するのに貢献したという事に関して、竹内まりやが特別功労者として出雲市に表彰されました。

詳しい情報はワーナーミュージック竹内まりやのサイトを御覧ください。

で、竹内まりやさんに続いて、私、山下達郎なんですが(笑)
昨年、ございました「Maniac Tour~PERFORMANCE 2014~」の、これが功績が認められましてですね・・・なんかしらよくわかりませんが・・・

2015年度の芸術選奨の大衆芸能部門で文部科学大臣賞を頂きました。

芸術選奨、昔からありますね、文化庁の主催で。
1950年に成立された古いあれですけども。

たくさんの方が受賞されております。
こちらの方は、私のワーナーミュージック山下達郎サイト、こちら御覧ください。

去年の、ちなみに受賞者の方は文楽の吉田和生さんとかジブリの鈴木敏夫さん・・
五街道雲助師匠! 諸星大二郎さん・・そうそうたるもんです。

こういう褒章といいましょうか、そういうものは、いろいろご意見ございましょうけどね。
ミュージシャンにとっても、ひとりでやってるわけではありませんのでですね。

私の場合は、やっぱりスタッフが沢山いますので。
例えばレコード会社のスタッフ・・福井の親戚にこれを報告するとですね、そういう仕事をやってるのか、と・・・

そういうスタッフも含めた褒章だという解釈ですので、くださるものはありがたく頂くという、そういう感じでやっております。

それもこれもですね、リスナーの皆様のご支援の賜物と、厚く厚く御礼申し上げます。
今後とも精進して参りたいと思っております。

◎This Is Your Life/Buddy Greco 

達郎氏:

さて、ジム・ウェッブに戻りますが(笑)

1968年に出されましたシングルで、歌っているのがBuddy Greco。
この人はフィラデルフィア出身の、いわゆるクラブシンガーですね。

40年代、50年代にベニー・グッドマンと一緒に活躍しました人で。
ちょっと一世代前の人なんですが。
でも、この人はなかなか、こう、楽曲選曲とか、そういうセンスに長けてる人で。
たくさんアルバム出してるんですが。

これたぶんNOT LP化だと思うんですが。
68年、リプリーズ・レーベルから出しましたシングルで。

これはプロデュースがジム・ウェッブとジミー・ボーエン。
アレンジがジム・ウェッブ自らやってるという珍しいパターンです。

資料からしますと、これがオリジナルレコーディング。
このあと、 The 5th Dimensionとかテルマ・ヒューストンがカバーをして広まっていきます。

それの一番大元のレコーディングだと思われます。


◎Whatever Happened To Christmas?/Frank Sinatra 

達郎氏:

フランク・シナトラが1968年に3人の子どもたちと「THE SINATRA FAMILY WISH YOU A MERRY CHRISTMAS」というクリスマス・アルバムをリリースしますが。

その中にジム・ウェッブの作品が1曲収められております。
「Whatever Happened To Christmas?」という曲で、これもほんとに暗い歌で。

”クリスマスは いったい どこに消えたのか
どうしてしまったのか
君は何があったのか”

延々そういう・・
いいクリスマスがみんな消えてしまったという。
そういうようなですね(笑) 非常にペシミズムに満ち溢れた歌なんですけど、フランク・シナトラの声で、なんか救われる感じがします。

♪ Whatever Happened To Christmas?/Frank Sinatra


◎Name Of My Sorrow/Richard Harris 

達郎氏:

やはり1968年、リチャード・ハリスのアルバム「トランプ・シャイニング」、三度登場してもらいましょう。

これもほんとに、悲しい歌でありましてですね。

別れた女の子をずっと列挙して、彼らはみんな僕の悲しみの名前だと。
「Name Of My Sorrow」というタイトル、暗い・・・

チャーリー、リンダ、メリー・ルー、ジェーン、マリアンスーザン・・・
別れた女の子たち
みんな僕の悲しみの名前

今は君なんだ・・・
という、そういう落ちの歌ですね。

♪ Name Of My Sorrow/Richard Harris


60年代、特にジム・ウェッブの作品は、ほとんどは恋は成就しないという。
先週も申し上げましたが、それがこういう、こう甘味なメロディーで展開されます。

美しきペシミズムといいましょうかですね。
そういうような世代でありますが。

来週も、そういうようなものが、たくさん出て参ります。


◎二度と出来ない

達郎氏:

今日は、ジム・ウェッブ特集Part3でございました。
ちょっと、オタクでしたけども来週は、もうちょっと華やかなヤツが、いろいろと出てくると思います。

いくらでも出るんですよ(笑)
とにかく(笑)
好きなので、いくらでもやれるんですが(笑)

何度も申し上げましたように、二度と出来ないのでですね。
この際ですから、やれるだけやってみようと、思いますが。


Then/The Vogues

達郎氏:

ジム・ウェッブがソングライターとして60年代の後期にですね、いきなり出てきましたので。
ジム・ウェッブのデモテープが、勝手にコロンビアが出してしまいまして。
これが彼の実質的なファースト・ソロアルバムとなりましたが、本人は非常にそれに対して不満を再三述べておりますけれども。

歌がもうとにかく拙いので、それがイヤだと、いうようなあれですが。
でも曲は粒選りでありましてですね。

そのジム・ウェッブの『Jim Webb Sings Jim Webb』というコロンビアから68年に出ましたアルバムに収められておりました「Then」という曲があります。

これも、もう今の曲に勝るとも劣らない悲しい歌でありまして。

THEN あの頃・・

あの頃 未来はとても明るくて
あの頃は 全ては 上手くいってた
でも今は 寂しい夜を過ごしてる
君のことを あれこれと思いながら

あの頃は 気にすること無しに 愛し合った
あの頃は ふたりはいつも そこにいた
でも今は 別れたふたり
君のことを あれこれと思いながら

あの頃は 泣くことはなかった
でも今は 死ななきゃっていう気分
君のことを思ってる

・・というですね。
凄いですね、暗い(笑)

これを68年、同じ年にですねボーカルグループのボーグスがカバーを致しまして。
ヒット曲「Turn Around Look At Me」のB面に収めまして。
アルバムにも収めました。

これはアーニー・フリーマンのアレンジでディック・グラッサーのプロデュースで素晴らしい出来になっておりますが、今日はそちらでお聴きを頂きましょう。

♪ Then/The Vogues


今週のオンエア曲


14:05 This Is Where I Came In/The Contessas
14:08 Take It Easy/Don Ray Sampson
14:13 My Christmas Tree/The Supremes
14:17 One Stand Here/The Johnny Mann Singers
14:21 5:30 Plane/Connie Stevens
14:30 This Is Your Life/Buddy Greco
14:34 Whatever Happened To Christmas?/Frank Sinatra
14:38 Name Of My Sorrow/Richard Harris
14:44 Then/The Vogues
DATE: CATEGORY:サンソン「ソングライター特集」
山下達郎さん サンデーソングブック 2015年03月08日『ジミー・ウェッブ特集 Part 2』

ポカポカ陽気の長崎。
気持ちのよい一日でした。

今週のサンソン、名曲ぞろい!

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

早いもので、3月でございますけれども。

東京は、なかなかちゃんと暖かくなりません。
夜は、またかなり冷えます。
雨が断続的に降っておりましたが、明日月曜日もなんか全国的に雨の予想でございますけれども。

三寒四温で、少しづつ暖ったかくなってくるはずなんですが、なかなか3月の上旬にしては、まだまだ寒い、そういう感じでございます。

で、昼間になんか妙に暖かい日がありますので、まわりがまた風邪ひき気味で、ゴホゴホ言ってる人がたくさんおります。

全国の皆さん、天候不順でございますので、お体くれぐれもお大事になさって下さい。

私、曲書きしております。
ずっと、お籠もりでございます。
あんまり話題がありません。

ひたすら曲を書いておりますので(笑)
なんか声出したりするのが、なんか声が枯れ気味だったりしますが。
すいません。

先週から始まりましたジミー・ウェッブのソングライターの特集。
今ではジミー・ウェッブは、ソングライターというかシンガーソングライターとしての方がステイタスがありますが。

ジミー・ウェッブの始まった、ソングライターとしてデビューした時代の60年代終わりから70年代あたまぐらいの主要作品を主に、特集をしようと思いまして。

始めたはいいんですが、これはなかなか、手強い相手でございましてですね。
作品が多いのと、今でもバリバリ現役ですのでですね。

なかなか、こう追い付いていけないところがありますが、一生懸命、今週もやってみたいと思います。

先週に引き続きましてジミー・ウェッブ特集Part2。
今週も代表的な作品がメジロ押しでございます。

70年代から80年代にかけての、彼の作りましたヒットソングの数々を、今日はお聴きを頂きたいと思います。

日曜日の午後のひととき、今日も素敵なオールディーズソング、ソングライター、ジミー・ウェッブの素晴らしい作品でお楽しみを頂きたいと思います。

山下達郎サンデーソングブック、今日も最高の選曲と最高の音質で、ジミー・ウェッブお届けします。

さて、来る3月11日で、東日本大震災、4年を迎えることになりました。
えぇ・・・なかなか、東京なんかは、もう何事も無かったかのようにですね、毎日が過ぎておりますけれども。

今だに23万人近くの方々がですね、避難生活を送ってらっしゃいます。
長引く、そうした不自由な暮らしの中でですね、色々と心の問題が出てきているようでございます。

心より、お見舞い申し上げます。
一刻も早くですね、安定した日常の生活に戻れることをですね、陰ながらお祈り申し上げております。

私、ミュージシャンですので、具体的に何を出来るという事でもありませんけれども。

一生懸命、働いて、世の中をまわしてですね、それで少しでもお役に立てれば、というようなことを日々考えつつ、音作りをやっております。

今年のツアーは、出かけますので、是非ともお出かけ頂きたいと思います。

希望と言う名の光

♪ 希望という名の光/山下達郎

~ CM ~

◎Richard Harris 

達郎氏:

Richard Harrisの1968年のアルバム「トランプ・シャイニング」、「マッカーサーパーク」が収められたアルバムですが。

このアルバムは非常に、当時センセーショナルな受け止められ方をしましてですね。
この中から、たくさん、他の歌手がカバーをするバージョンっていうのが、星の数ほど生まれてまいりました。

特に、この「トランプ・シャイニング」のシングル「マッカーサーパークのB面としてリリースされまして。リチャード・ハリスの作品としても69年にシングルカットされまして、全米63位まで上がりました「Didn't We」という曲があります。

この曲は、ほんとに色んな人がカバーしておりましてですね。

ジム・ウェッブの作品の中でも代表的な隠れた名曲としうて知られている曲ですが。
今日は、先週の続きですので、まずはこのリチャード・ハリスの「Didn't We」、68年のアルバム「トランプ・シャイニング」からの作品です。

♪ Didn't We/Richard Harris


◎ペシミスティックな歌 

達郎氏:

この60年代、ジミー・ウェッブがソングライターとして華々しく脚光を浴びた頃の彼の作品は、ほとんどがブロークンラブソング、いわゆるペシミスティックな歌ばっかりです。

女の子と別れたという。

この「Didn't We」という曲もですね、今度こそはうまくいくと思ったんだけど、結局愛は手の中から、砂のようにこぼれてしまったという、そういう歌でございますね。

美しいペシミズムなんて、僕は呼んでおりますけども。
そうした歌ばっかりでございますが。

この歌も代表作でありますが。
綺麗なメロディーの曲ですのでですね、ミドルオブ・ザ・ロードのシンガーに、ほんとに沢山採り上げられました。

フランク・シナトラ、メル・トーメ、ジョニー・マティス、ビッグ・ダナー・・・
数限りない人が採り上げてるジム・ウェッブの初期の代表作です「Didn't We」。


◎Glen Campbell

達郎氏:

この時代、ジミー・ウェッブとパートナー組んで、最もヒットが大きかったのがグレン・キャンベルであります。

先週、お聴きを頂きました「By The Time I Get To Phoenix」に続きまして1968年、全米3位のミリオンセラー「Wichita Lineman」

翌年69年に全米4位、やはりミリオンセラーになりましたグレン・キャンベルの「Galveston」

この一連のヒット曲でグレン・キャンベルは一挙にスターダムにのし上がり、それから作曲・作詞しておりますジミー・ウェッブは時代の寵児としての、ソングライターとしてですね、脚光を浴びると。

皆様よくご存知のグレン・キャンベル、68年「Wichita Lineman」、69年の「Galveston」
2曲続けてお聴き下さい。

♪ Wichita Lineman/Glen Campbell

♪ Galveston/Glen Campbell


LAでスタジオミュージシャンやっていたグレン・キャンベルがシンガーとしての夢がようやく叶って大スターの道を歩み始めるのはジミー・ウェッブとのコラボレーションのお陰でありますが。

◎Evie/Bill Medley 

達郎氏:

さてこの時代、68年、わあし高校生でしたけども。
この時期、ほんとにジム・ウェッブに入れ込んでおりまして(笑)
日本盤、片っ端から・・ジム・ウェッブって見たら、もう一生懸命お小遣い貯めて買った時代がありますが。

その次代に手に入れたシングル、ビル・メドレー。
ライチャス・ブラザーズから独立しましてソロシンガーになりました。

1969年にブラジルの音楽祭に出品して賞をとった曲でございます。
アメリカではヒットしませんでしたけども。
ブラジルでは結構知られた曲でございますが。

何故か日本盤がポリドールから発売になりまして。
これを一生懸命聴いたものでございます。

♪ Evie/Bill Medley

アルバムに入っていないので、まだCDにもなっていないというですね。
なかなかジム・ウェッブの作品、CD化されてないの、結構多いんですが。
でも出来は素晴らしい。


◎友に捧げる讃歌/アート・ガーファンクル 

達郎氏:

今のは69年ですが、なにしろジミー・ウェッブ、68,9年に出した作品の数たるやですね、すさまじい量でありましたが。

70年代に入りまして、そうした職業作家に対して、なんか疑問が生じて。
そうした道を捨てましてですね、シンガーソングライターの道を歩み始めます。

従いまして、どっとヒット曲の数が減りますが。
でも、その彼が発表した、シンガーソングライターとして発表した作品というのがですね、非常に評価が高くて。

特にシンガーとかミュージシャンの評価が高いので、そういう彼のアルバムの中から、曲を採り上げて積極的に歌うシンガーってのが沢山出てきました。

さきほど申し上げましたみたいに、ミドルオブ・ザロードのフィールドの人が大半ですけれども。

そんな中で、アート・ガーファンクルが1973年に、サイモン&ガーファンクルから別れましてですね、ソロアルバムを出しました。
「エンジェルクレア」という名盤でございますけれども。

これに入っておりますジム・ウェッブの作品「All I Know」という1973年に全米9位のベストテンヒットになりました。

このあと、アート・ガーファンクルがジム・ウェッブと何回もコラボしまして「ウォーターマーク」というアルバムは全曲ジム・ウェッブ作品、そういうコラボレーションが続いていきますが。

その、取っ掛かりになりました1曲。
やはりこれも、非常にペシミスティックな歌なんですが、アート・ガーファンクルの素晴らしい声でですね、非常に静謐な作品に仕上がっております。

♪ 友に捧げる讃歌/アート・ガーファンクル

アート・ガーファンクル、1973年のソロ第1作「エンジェルクレア」からのシングルカット、シングルヒット「All I Know」

”君を傷つけてしまった
君も僕を傷つけるし
ぼくたち 簡単に傷つけ過ぎるんだ

あんまり 簡単に怒りを見せてしまうんだよね
愛してるんだ
ぼくに 判るのはそれだけさ

終わりは いつかやってくるもの
時の経つのも早すぎて
未来が来るのも早すぎて
過去は なかなか終わらない

愛してる それだけ”

辛い歌なんですけど・・
なかなか 思わせる・・

僕、これ日本盤持ってるんですけど。
これ、今見ましたら、日本題は「友に捧げる讃歌」って、全然違うんですよ(笑)
内容がね(笑)

作曲ポール・ウィリアムス、作詞ロジャー・ニコルズになってますね、これ。
1曲目の「 Traveling Boy」と間違えてますね、これ(笑)

日本盤ならではの間違いでございます。

~ CM ~

◎来週 

達郎氏:

ジム・ウェッブ、ソングライターとしてのジム・ウェッブの特集でパート2になりましたが。

初めは3週間の予定で、来週までというアレでしたが。
とても、オーバーフローでダメです。

もう2週間の予定で、いってみます。
来週も引き続き。

来週あたりから、だんだん濃くなります。
どうせやるので、ジム・ウェッブ、あのぉ・・音もYOUTUBEとかに結構出てますので、YOUTUBEに出てないようなヤツもフォローしていこうかなと、思います。

来週から、ちょっと濃い目に。
カルトなヤツで、いってみたいと思いますが。

最終的にはジム・ウェッブのソロ作品をフォローしつつ。
3月いっぱいに、なっちゃうかな・・
ま、行けるだけ、行ってみましょう。

二度と出来ませんので、こういうの(笑)
ジム・ウェッブの特集なんて(笑)


◎リスナーからのお便り(茨城県筑西市のN.Sさん) 

『質問です。
サンソンのプレイングリストにアナログレコードのレーベルが掲載されることがありますが、そこに「PROMOTIONAL COPY」とか「NOT FOR A SALE」の文字が書かれているのを、よく見かけますが、これは通常の市販品よりも非売品の方が中古市場に出回って、状態も良いという事なのでしょうか。

以前から聞いてみたいと思っていたので、書かせて頂きました。』

達郎氏:

全然そういうわけではありません。
プロモ盤を売る人がいて、それがセコハン屋へまわる事ですけども。

プロモシングルだからといって、コンディションがいいかというのは、必ずしもそうではありません。

ただ単に、来たものがプロモ盤だったと。
売ってるのがプロモ盤で、それを買ってきたと。

全然、プロモ盤でもボロボロのもありますし、ちゃんと売ってる正規盤でも綺麗なヤツもあります。

◎Highwayman/Highwaymen(W.Nelson, W.Jennings, J.cash, K.Kristofferson) 

達郎氏:

70年代に入りますと、ジム・ウェッブは職業作曲家からシンガーソングライターへの転身します。

自分の作品を中心にしますが。

正直言って、歌がそれほど上手いひとではないので。
アルバムチャートのトップ100に1枚も入ったことがありません。

そういうアレなんですけれども、作品は逆に益々内省的になります。
特にそうしたミドルオブ・ザロード系の歌の上手いシンガーに、ものすごく採り上げられるようになりましてですね。

作詞作曲なので、詩が非常にこの人は深いものがありますので。
そういう色々な人に採り上げられて、その中からカバーという形なんですが、ヒットが生まれます。

そうした代表例を今日は後半に何曲かお聴きを頂いて、来週に持って行こうと思いますが。

まず1977にジム・ウェッブがアトランティックから発売しました「エルミラージュ」というアルバムがあります。

この1曲目に収められております「Highwayman」という曲があります。
不思議な曲なんですが・・・

これを1985年にですね、ウィリー・ネルソンとウェイロン・ジェニングスとジョニー・キャッシュとクリストファーソンと、いわゆるスーパーグループという形で「Highwaymen」というグループがメインでですね、シングルカットされまして。

これが全米カントリーチャートNo.1
その年のカントリーソングのグラミー賞をとりました。

♪ Highwayman/Highwaymen(W.Nelson, W.Jennings, J.cash, K.Kristofferson)

ジム・ウェッブは非常に、コードのチェンジが激しい曲の反面、こうしたカントリーフレーバーの曲もたくさん作っております。


◎エンディング

達郎氏:

来週もこの続きで。
来週はヒット曲、ほとんどありません。
ジム・ウェッブの名作を・・私が選んだジム・ウェッブの名作を色々とお聴きを頂きたいと思います。

ジム・ウェッブの作品を好んで歌いましたのがリンダ・ロンシュタットであります。
「アディオス」というジム・ウェッブの曲ございます。
これはソングライター、ジム・ウェッブの好きな人にはよく知られた1曲でございます。

ソングライター、ジム・ウェッブ特集パート2でございました。
この続きは来週のパート3。

♪ アディオス/リンダ・ロンシュタット



今週のオンエア曲

14:04 希望という名の光/山下達郎
14:11 Didn't We/Richard Harris
14:16 Wichita Lineman/Glen Campbell
14:19 Galveston/Glen Campbell
14:23 Evie/Bill Medley
14:28 友に捧げる讃歌/アート・ガーファンクル
14:38 Highwayman/Highwaymen(W.Nelson, W.Jennings, J.cash, K.Kristofferson)
14:44 アディオス/リンダ・ロンシュタット
DATE: CATEGORY:サンソン「ソングライター特集」
山下達郎さん サンデーソングブック 2015年03月01日『ジミー・ウェッブ特集 Part 1』

日曜日の午後、ようやく晴れてきました長崎市内。


今週のサンソンで達郎さんの少年時代に影響を受けた楽曲って、ジミー・ウェッブの曲だったんですね。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックのほんの一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。


◎ 冒頭

達郎氏:

3月に入りました。
あっという間でございます。

えぇ、私、2月4日が誕生日でありますが、免許の書き換えがちょうど今年であります。
優良免許なので、これでまた5年間、書き換えしないでいいと。

ということは、今62歳になりましたので、次書き換える時は67かよ!って・・・
ぞっとしたりしまして。

眼鏡使用でもなく、なんとか迎えられております。
免許書き換える時とか、そういうこう・・しみじみ思ったりも致しますが。

このサンデーソングブックという番組は、私が20年以上やってる番組ですが。
私、いわゆるソングライターが好きなので、ソングライターの特集って随分たくさんやって参りました。

バリー・マンから始まりましてキャロル・キング、リーバー・ストーラー、ブルース・ジョンストン、デビット ゲイツ、 トム・ベルにギャンブル&ハフ・・・

そうしたR&B関係ですが、随分たくさんやって参りました。

昔からやってみたかったのがですね、ジミー・ウェッブ。

私の青春の時代に一世を風靡したソングライターで、その後シンガーソングライターに転じましてですね、自分の作品もたくさん出しておりますが。

ジミー・ウェッブの作品をやてみたいと思って、ずーっといたんですが、この2年位、妙に忙しかったのと、それからジミー・ウェッブは作品がものすごく多いのでですね。

チェックを仕切れないというか。
なかなか昔のヤツが手に入りにくいという、そういうこう難しい人でございまして(笑)

随分長いこと、うんうんやっておりましたが、ようやく機会がやって参りました。
今日から3週間の予定で、ソングライター、ジミー・ウェッブの特集を致したいと思います。

今日はそのパート1でございます。

60年代の中期から活動を始めまして、今でもバリバリ現役でございますけれども。
今はどちらかというと自分で歌うシンガーソングライターとしてのスタンスの方が大きい人でありますが。

それこそ、67,8,9くらいはもう、文字通り一世を風靡したソングライターでありました。

キラ星のごときヒット曲が並びます。
その次代を中心にして60年代から70年代にかけてのですね彼の作品を中心に、3週間の予定でジミー・ウェッブ特集、行ってみたいと思います。

ヒット曲、レアもの、いろいろと取り混ぜてですね、お楽しみ頂ければと思います。
久しぶりにサンデーソングブックが、らしいプログラムをお届け出来る喜び。

日曜日の午後のひととき、3週間ほどジミー・ウェッブの素晴らしい作品で、お楽しみ下さい。
最高の選曲と最高の音質でお楽しみいただきますジミー・ウェッブ特集。
今日はさっそくいってみたいと思います。

~ CM ~

◎自分史の中から見たジム・ウェッブ・・ 

達郎氏:

というわけで、久しぶりのソングライター特集でございます。
今日は、私の大好きなジミー・ウェッブ。

60年代、70年代、一世を風靡しました天才ソングライター。
その後はシンガーソングライターに転じまして、たくさんソロアルバムを出し続けてバリバリの現役でございます。ライブも精力的にやってる人ですが。

私が高校に入るくらいからジミー・ウェッブ、当時はジム・ウェッブと言っておりましたが。このジム・ウェッブの作品がFENとか、そういうところでですね流れだして、何て素晴らしい作家なんだろうというですね。

そういうことを高校から二十歳過ぎるまでですね、私のほんとに大好きな作家で。

その頃はソングライターでございましたので、ジム・ウェッブの、その書いた作品を一生懸命ですねレコード集めたものでございますが。

そうした自分の記憶、自分史の中から見たジム・ウェッブのソングライターとしての、いろいろな作品群をですね、素晴らしさ、お伝えできればなと。

今週から3週間の予定でお届けします。

今週は、最初期のですね、隠れた作品から、ヒットが出来るようになって、超一流の作家になっていくその過程。

来週は、そうしたヒットソングの主だったもので。
再来週はレアのも、それからソロ作品というですね、シンガーソングライターに転じていくところのソロ作品の重要処。

そのようなものを、駆け足でございますけども、お聴きを頂きたいと思います。

◎ジミー・ウェッブ 

達郎氏:

ジミー・ウェッブ、1946年8月15日生まれですから、今68歳でございますね。
オクラホマ生まれの人です。

1964年に家族がカリフォルニアに移住しまして。
サンベルナディーノ、南カリフォルニアに来まして。
65年に大学へ入りましたが、お母さんが死にまして、お父さんは教会の宣教師だそうでございますけども。

この人はオクラホマに帰ってしまいましたが、ジム・ウェッブは一人でカリフォルニアに残りましてですね。

音楽が好きだったので、レコーディングスタジオの雑用から、モータウンの出版社の作曲契約をして曲を書いたんですが、なかなか目が出なかったという。

そういう苦難の10代後期から20代頭くらいのですね、下積み生活を経ております。
その時に一生懸命書いてる曲が、後に採用されて花開くわけですが。

そうした彼の最初期の作品、何曲か、まずお聴きを頂きたいと思います。


◎Take Marion For Example/Millie Rodgers 

達郎氏:

最初にモータウンの出版社に作曲契約をした、というのが本人のインタビューでありまして。
その時に初めてレコーディングして印税をもらった曲がシュープリームスのですね、マイ・クリスマス・ツリーという、シュープリームスのクリスマス・アルバムに入っておる曲だと、本人のインタビューでしゃべっておりますけれども。

それが65年の話なんですけど、実はその前に64年に発表された曲というのがあります。

これが一番最初にレコード化された曲ではないかという、最近の研究では、言われております。

全くヒットしませんでした。
シングルのB面でしたので、更にそういう事なんですが、本人、あまり気に入ってないので語りたがらないのかもしれません。

よくある話ですけれども。

アルティマというレコード会社から発売されまして、ミリーロジャースという女性シンガーが歌っております。
シングルのB面に収められております。

1964年のジム・ウェッブの作品。
作詞作曲、ジム・ウェッブ。

♪ Take Marion For Example/Millie Rodgers


◎下積み時代 

達郎氏:


この64年から65年にかけては、まだ下積み時代でありますので、先ほど申し上げましたみたいにモータウンの出版社で、ジョべテというのがありますが、そこで下働きをやって、時々曲が採用になって。

そうした採用になった曲というのが今でも残っておりまして。
そんな中から2曲ほど、お聴きを頂きます。

まず、白人ボーカルグループ、4人組の白人ボーカルグループ、ザ・コンテッサズ。
1965年に出しましたシングル。
A面、B面ともジム・ウェッブの作詞作曲、アレンジ、コンダクト、一人で全部やってるという。

インディにちょっと毛が生えたプロダクションでございますが。

これ聴きますと、さっきのミリーロジャースと声、似てるんですよね。
同じじゃないかというアレもありますが、判りません。

ザ・コンテッサズ、1965年の「I Keep On Keeping On」
それから、同時期ですが、やはり1965年。
これ、ビップですからモータウンのレーベルですが。
こっから出ておりますダニーデイという、こちら男性シンガーですね。

これもジム・ウェッブ、作詞作曲、1965年の「The Time Last Summer」
2曲続けてお聴きを頂きます。

♪ I Keep On Keeping On/The Contessas

♪  The Time Last Summer/Danny Day

当時のジム・ウェッブの年齢が、18,9ですから、この時代に、そうしたモータウンの環境の中でですね、色々とアドバイスを受けて、たぶん曲の作り方を勉強していく過程といいましょうか。

そうしましても、初期のこの3曲、ジム・ウェッブでなくてもいいんじゃないかと、そういうような感じですが。


◎ジョニー・リバース 

達郎氏:

なかなか芽が出なくてですね、本人のインタビューですとホームレス同然の生活をした時に拾ってくれた人がですね、ジョニー・リバース。

ジョニー・リバース自身、非常に苦労してスターの座を手に入れた人なので、なかなか人を見る目がありまして。

ジム・ウェッブの作る作品を気に入りまして、一曲採用します。
当時、ジョニー・リバースは、それまでのロックンロールシンガー、クラブシンガーから脱皮を図っておりました。

1966年に作ったアルバムが「Changes」という、まぁ要するに路線変更という、それですが。
スタンダードがたくさん歌っている中にですね、1曲採り上げたのがジム・ウェッブの「By The Time I Get To Phoenix」という。

この曲はもともとモータウンの出版で働いてる時にポールピーターソンのために作ったんですが、はっきりしたフックが無いというのでボツられたそうです。
そういういきさつを持った曲ですが、ジョニー・リバースがこの曲、非常に気に入りましてですね。

ジム・ウェッブのその才能に目をつけまして、自分のところに連れてきました。
いろいろな曲をかかしたり、持ってる曲を使ってやったり、そういうことをしますが。

その中から生まれましたのが、The 5th Dimension。

The 5th Dimensionはもともと黒人の5人組のボーカルグループですが。
もともとはヴァーサタイルズ(Versatiles)というグループで、その時代にジム・ウェッブはモータウンの下働きをしてる時代から知り合ってたそうでございますが。

このThe 5th Dimensionは、プロデュースしておりましたのはジョニー・リバースと、それからエンジニアリングが ボーンズ・ハウという、この人は有名なエンジニアですが。

アソシエーションやって、すごく有名だった時代ですが。
このボーンズ・ハウがジム・ウェッブにいろいろなオーケストレーションとかですね、そういことをアドバイスしまして。

ま、言ってみればジム・ウェッブの世にでる恩人というのは、もうまさにジョニー・リバースとボーンズ・ハウ、このふたりであります。

その二人によって育てられましたジム・ウェッブはですね、全面的に作詞作曲、編曲を手掛けましたThe 5th Dimensionの作品が「Up, Up And Away」という1曲でございます。

67年に発売されまして全米7位の大ヒットになります。
The 5th Dimensionはこれでブレイクするわけですけれども。

その年のグラミーをとってしまうという。
たいへんラッキーな運命が待ち構えているわけでございます。

♪ Up, Up And Away/The 5th Dimension


◎偶然なんだか必然なんだか

達郎氏:

プロデュースしておりますのはジョニー・リバースとマーク・ゴードン。
資料みますとモータウンのLAの出版部門はマーク・ゴードンが代表だったそうです。

The 5th Dimensionのマネージャーもやってた人なので。
そうした仲立ちという・・
ここにルー・アドラーも絡んできます・・・そういう話は今日はしませんが。

非常にラッキーな拾われ方をしたという。

だいたい人の出会いというのは、なんか私もこの歳になりますとですね、こう・・偶然というか、偶然なんだか必然なんだか、よく判りませんが。

それで一挙に運命が開けるという。
そういうことを数多く、いろんなところで見聞きしておりますけれども。

これによってジム・ウェッブは一挙に人気作家になります。
ちなみにこの「Up, Up And Away」という曲も、学生時代にですね、サンベルナディーノの大学行ってた時に、友達と映画を作ろうということになって。

地球の映画を作ろうということになって。
結局、その映画はボツったんですけども、その時に作った曲だそうです。

それが、ずっと温めていてThe 5th Dimensionのレパートリーとして花開いたという。
そういう逸話も残っているそうであります。


◎By The Time I Get To Phoenix/Glen Campbell 

達郎氏:

先ほどのジョニー・リバースが採り上げた「By The Time I Get To Phoenix」
66年の暮れにジョニー・リバースの「Changes」というアルバムの1曲目として披露されましたが。

これをGlen Campbellがカバーしまして。
1967年に全米26位になりますが。

この曲もまたグラミーをとってしまう。
2年連続してグラミーを獲得してしまうという。

いきなり時代の寵児にジム・ウェッブが踊りでる。
これもあまりに有名なGlen Campbell、1967年の「By The Time I Get To Phoenix」

♪ By The Time I Get To Phoenix/Glen Campbell

オクラホマ生まれのジム・ウェッブがガールフレンドと別れた体験をもとに、フェニックス、アルバカーキ、そしてオクラホマと帰っていくという、その時間経過とともに彼女の行動を想像するという。

そういうような歌でございますが。

”僕がフェニックスに着く頃は彼女は目覚め
僕が残していったメモを読んで笑うだろう

なぜなら 僕は今まで何回もそうやって
彼女の元 離れたことがあるから

アルバカーキに着くころは 
彼女はランチタイムで
僕の家に電話をするだろう

でも彼女が聴くのは
壁で 虚しく電話が鳴り続ける音だけ

僕がオクラホマに着くころには
彼女はもう寝ているだろう

彼女は寝返り打ちながら
僕の名前を読んで
そして 僕がほんとに去っていったということを
知って泣くだろう

でも彼女は 僕がほんとに去っていくことが判っていなかっただけなんだ”

という、非常にこうストーリーテリングみたいな歌であります。

中3の15歳の山下達郎少年が、この詩を見て、ほんとに感動しましてですね。
ジム・ウェッブって凄い人だと。

しかも作詞作曲ですからね。
作詞作曲の話はあとでしますけれども。

アメリカの作家 

達郎氏:

アメリカの作家っていうのは、だいたいチームを作っておりまして。
作曲専業、作詞担当、そういうようなグループ作っているのが殆どなんですが。

作詞作曲やってソングライターやる人というのは殆どいないんですね。
その中で、詩も素晴らしいし、アレンジ、オーケストレーション、全て出来るひと、非常に珍しい。

ちなみに作詞作曲、編曲で全部でグラミーとったことがあるのはジム・ウェッブひとりだそうです。

そんなような話ものちほどしつつ・・・


~ CM ~

◎世界的に人気の高い 

達郎氏:

ジム・ウェッブは、とにかく世界的にものすごく人気が高いソングライターでありますので。

もう今は、世界中で研究が行われております。
資料も沢山ありますのでですね。

私みたいな半端なファンですと、特に初期、最重点ファンですとですね、いろいろと異論もございましょうけども、あくまでソングライター・ジム・ウェッブの特集でございますので。

彼のソロ作品は、あんまり、たぶん触れられないと思います。
誰か他の人に頼んでください。

今ほんとにネット、たくさんありますので、資料がですね。

そのへんを併せてご覧いただけれると有難いと思います。
ま、来週、再来週、だんだん濃くなってまいりますのでですね。
ご期待下さい。

◎リスナーからのお便り(宇都宮市のT.Yさん) 

『いつも楽しく拝聴しております。
3月からのジミー・ウェッブ特集、楽しみにしております。
ただひとつ気になることが。

サウンドストリートの時・・・』

達郎氏:

三十数年前のNHKでレギュラーしたやつですね。

『サウンドストリートの時、86年2月20日にジミー・ウェッブ特集があり、その一ヶ月後にサウンドストリートは終了となりました。

今回も同じ年度末の特集なので、もしやと思ったりもしますが、スポンサーも増えたこともあり、そんな事はないと思っております。

これからも末永く続けて下さい。』

達郎氏:

心配性の方がたくさんいましてですね。

3月になると、そういうお便り「新年度は大丈夫なんでしょうか」と。
大丈夫です、え。
当分大丈夫です。
ご安心ください!

引き続き、へへへ(笑)

◎カバー曲 

達郎氏:

只今お聴きを頂きました「Up, Up And Away」「By The Time I Get To Phoenix」
この連続グラミー受賞で一挙にジミー・ウェッブが踊り出ますが。

いい時期で、カリフォルニアの、LAのですね、スタジオミュージック界というのが、レッキングクルーと言われるハル・ブレイン、ジョーズ・ボーンをはじめとするですね、素晴らしいリズムセクションのスタジオミュージシャンたちのお陰で素晴らしい作品がたくさんできます。

その時代性無しには、このジム・ウェッブのThe 5th Dimensionをはじめとする素晴らしいオーケストレーションも無かったわけでありまして。

しかして、そのカリフォルニアのスタジオシーンの助けだけかと言いますと、そんなことはありませんでですね。

ジム・ウェッブの作詞能力、作曲能力、そういうものがですね、多くのカバーを生むことになります。

そこからヒット曲が生まれていくという、そういう好循環といいましょうかですね、そういうのが始まります。

そうしたものの代表的な一例が68年に生まれます。
The 5th Dimensionの「Magic Garden」というアルバムの中に入っておりました「Worst That Could Happen」

これも自分のガールフレンドが他の男と結婚してしまうというですね。

”君にとって最高のことだろうけど
僕にとっては最悪の出来事だ”

という、そういう歌がありますが。

これが同じ年にニューヨークのブルックリン・ブリッジ、ジョニー・マエストロというドゥ・ワップグループ、ザ・クレスツのリード・ヴォーカリストですが。
この人がリードボーカルとりました。

これも結構大所帯バンドなんですが。
ブルックリン・ブリッジがこの曲をカバーしまして1968年、全米3位。
69年の春にミリオンセラーにしました。

これは正にジム・ウェッブのそうした作曲能力、作詞能力・・
歌のですね、ペシミズムと言いましょうかですね。
感動したわけですね。

高校1年の山下達郎少年がですね(笑)


♪ Worst That Could Happen/The Brooklyn Bridge

◎イタロ・アメリカン 

達郎氏:

このジョニー・マエストロという人は、先程も申し上げましたみたいにドゥ・ワップ出身のイタロ・アメリカンでありまして白人のシンガーでございますけども。

僕は、そうしたイタロ・アメリカンの、フォーシーズンズ、フランキー・ヴァリはじめ、そうした人にものすごく影響受けましたのでですね。

その当時、高校生でしたけれども。
一生懸命、レコードと一緒に歌いましてですね。

この一番の最後のクライマックス・・
一生懸命やりましたので。
今でも、こういう歌が一番得意なんですけども。

でも、日本の通信カラオケにはブルックリン・ブリッジなんて入ってございませんのでですね。
歌いたくても、歌えないと。

ですので、向こうのCDのカラオケかなんかで、またサンソンの夫婦放談の時にやってみたいなと、思っておりますが。

◎エンディング 

達郎氏:

この続きは、また来週でございます。
来週は69年に入ってまいりまして、また引き続きヒット曲、名曲の数々でございますが。

1968年、私が高校1年の時に、初夏くらいだったと記憶してますけども、期末テストとか、そんな感じですね。

深夜の1時とか2時のFEN、そこでなんだかやたらと長い曲がかかるんですよ。
しかもバラード仕立てで始まるんですが、途中から思いっきりアップテンポになってインストが始まるんですね。

それでまた歌に戻る。
これが毎晩かかるんです。
いったい何なんだろうって思っておりましたのが、それがリチャード・ハリスンのマッカーサー・パークという曲で。

これがジム・ウェッブの作詞、作曲、そしてアレンジ、オーケストレーション、ピアノまで弾いてるというですね。

それが当時ビクターレコードだったんですが、シングルを買ってきましてですね。
LPが出ないんです。シングルしかないんですが。

LPが出るのも70年が過ぎてからの話なんですけども。

これが私にとってジム・ウェッブのファンというか、それを決定づけた、なんちゅー凄い人がいるのかなと。
まさに天才であると。

しかも作詞作曲、編曲・・
それを決定づけたこの曲。

7分24秒という、当時のシングル盤の常識を覆したですね。
もともと、アソシエーションに提供したんですけれども、アソシエーション、このレコーディングに断ってしまって。

ジム・ウェッブは、この曲を持ってイギリスに、リチャード・ハリスと仕事をしに行った時に、リチャード・ハリスがこの曲を気にいって、レコーディングをしまして。

初めはどこのレコード会社も引き受けてくれなかったんですけども、ダンヒルレーベルが、これを発売したところ全米2位の大ヒットになったという、曰く付きの今ではお若い方はドナ・サマーとか、そういうカバーの方が有名でしょうけども。

誰が何と言おうと、Mac Arthur ParkといえばこのRichard Harrisのオリジナルバーションが白眉でございます。

今日は最後にこの7分24秒をお聴きを頂きましてジミー・ウェッブ特集パード1。
また来週。

♪ Mac Arthur Park/Richard Harris




今週のオンエア曲

14:08 Take Marion For Example/Millie Rodgers
14:12 I Keep On Keeping On/The Contessas
14:14 The Time Last Summer/Danny Day
14:20 Up, Up And Away/The 5th Dimension
14:24 By The Time I Get To Phoenix/Glen Campbell
14:34 Worst That Could Happen/The Brooklyn Bridge
14:40 Mac Arthur Park/Richard Harris


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