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DATE: CATEGORY:青山純
『HIT SONG MAKERS~栄光のJ-POP伝説~』青山純追悼スペシャル

2014年12月20日にBSフジで青山純さんの追悼番組が放送されました。
生い立ちからドラムのチューニングやセッティングまで・・あらゆる角度で編集された素晴らしい番組でした。

仙波さんが仰ってた「粋」なドラマー、人を思いやるドラマー、青山純。
青山純さんは、バンドをやりたいと言われてたそうですが、今はもうそのお姿を見ることが出来ません。

私が大学生の頃、80年代の山下達郎さんのライブで初めて青山純さんを拝見し、その綺麗な音色と安定した大地のようなドラムに圧倒され、感激したたことを今でも覚えています。

このブログでは、青山純さんを偲んで、放送された内容のほんの一部をテキスト化しています。誤字脱字は、ご容赦くださいませ。

※放送音源や映像に関するお問い合わせにはお応えできませんのでご了承ください。

番組名:『HIT SONG MAKERS~栄光のJ-POP伝説~』青山純追悼スペシャル
放送日:12月20日(土) 19:00~20:55
出演者:

(順不同)
ナレーション : 野宮真貴

ドラマー (初代ローディー) 阿部薫
レコーディング・エンジニア 吉田保
ギタリスト 安藤正容
ギタリスト 和田アキラ
ベーシスト 伊藤広規

ドラマー 渡嘉敷祐一
ギタリスト・音楽プロデューサー 土方隆行
キーボーディスト 新川博
歌手・音楽プロデューサー 杉真理
16代目ローディー 田中利明

パーカッショニスト 仙波清彦
ドラマー 青山友樹
ドラマー 青山英樹
ドラマー 阿部薫
ドラマー 長谷頼晃
ドラマー 大西英雄
パーカッショニスト ジャイアン谷口

歌手 小川美潮
ギタリスト 平沢上侍
キーボーディスト 近藤達郎
キーボーディスト  Ma*To
ベーシスト mecken
パーカッショニスト whacho

ドラマー 山本雄一


◎ 冒頭

ナレーション:

ドラムセットとは、大小様々なタイコとシンバルなどの打楽器を一人の奏者が演奏可能なように配置したもの。

その、一つ一つの特性、そしてセッティングやチューニングが演奏者の個性に繋がる。

ドイツ製のSONOR。
このドラムセットでJ-POPの歴史を作った人物がいる。

ドラマー 青山純

彼の存在無くしては80年代以後のJ-POPシーンは語れない。
しかし、彼はもうこの世にはいない。
昨年(2013年)12月、青山は突如としてこの世を去った。

愛用の楽器がレリーフとなった彼の墓石。
青山純、享年56歳。

しかし、SONORから生み出された数々の名曲は、今なお色あせることはない。
J-POP史上に燦然と輝く名盤でのプレイ。

♪ 山下達郎「SPARKLE」

伊藤広規:

金モノは小さい。
革モノはデカイ。

濁点のある、ドスン!バターン!ドカーンって・・

阿部薫:

手数で物を言うんじゃなくて、言葉少なめに全部説得させるじゃないけれども・・
判ってもらえるようにプレイするっていう。

吉田保:

エンジニアの立場からいうと、とにかく音は録りやすかったですね。

ナレーション:

技巧派のバンドでも青山のドラムは光輝く。

安藤正容:

一本筋が通って曲がったことが嫌いだ、みたいな。
適当な音楽はやりたくねぇ、みたいな。
ごっつい感じが僕にはあって、それがもう、音にも出てるし。

和田アキラ:

持ってるリズムは、ほんとに黒人とか外人みたいなノリでしたよね。
青山は最初から。

パーン・パーンといくと、すごいこう・・・他の人にはない、こう・・・
惹かれるものがあるんですよ。

ナレーション:

ロック、歌謡曲、ニューミュージック・・・
青山のドラムは音楽の寿庵るを超え、時代を彩っていった。

日本中で青山の演奏を耳にしないことはない。
誰しもが彼のドラムを体験しているのだ。

渡嘉敷祐一:

その・・・青ちゃんのビートとサウンドじゃないと、これは無かったという曲が、具体的な曲がいっぱいあって・・・
日本中に。

土方隆行:

例えば、ラジオとかでかかってきても、青ちゃんの音ってすぐ、やっぱり分かるんですよ。
そすと、もうあの時代っていうのは、ほとんどが、これも青ちゃん、あれも青ちゃんって感じで。

新川博:

本人は、全く変わってないんですけどね。
世の中の方が、背景の方が変わるんですよ。


ナレーション:

曰く、「どんな歌謡曲でも、青山純のハンコをバーンと押して帰りたかった」

時代が移り変わってもアーティストは青山の音を求めた。
共演する演奏者はもちろん、ボーカリストからも絶大な信頼を寄せられる青山のドラム。


杉真理:

ドンッ・バンッ・ドンッ・・・っていう、なんか・・
そのへんの、彼のビートが、スイートスポットに入るんですよね。たぶん。

青山純のスイートスポットは、かなり個性的で・・
グットきちゃう。

小川美潮:

一体感ですかね・・・
曲を表現しようとして・・うぉーっと高みに行くみたいな。

仙波清彦:

「歌もの」の人ですね、ほんとに。
ドラム自体もよく歌ってるんだろうし。


ナレーション:

曰く、「ボーカルに対してドラムは映画の助演男優。それが理想。」

スポットライトを浴びる表舞台ではなく、その後ろから音楽界を支えてきたドラマー、青山純。

その足跡を振り返る。

作曲家、作詞家、アレンジャー、ディレクター。
歴史を彩る名曲の陰でメロディーを紡いだ音の職人たち。

ヒット曲の裏側にある創作に傾ける情熱と、その足跡。

彼らはJ-POPの歴史を作り、そしてこう呼ばれた。
『ヒットソングメーカー』

~CM~

◎青山純と杉真理

ナレーション:

J-POPの歴史を支えたドラマー、青山純。
56歳で亡くなるまで、彼はドラム一筋の人生を送った。
唯一無二 誰もが魅了された青山のドラム。

青山純、1957年、東京世田谷生まれ。
幼少の頃の青山を意外な人物が知っていた。

まだデビュー前の杉真理である。

杉真理:

たぶん、あのぉ・・・業界では僕が一番古いんだと思うんですけれども。
僕の小学校の時の同級生で青山っていう仲の良いやつがいまして。

そいつがよく家の、僕が住んでる団地に弟を連れて、遊びに来てたんですよ、「純」ていう名前の。

それで、僕が小学校の頃から、結構ビートルズ好きだったんで、ビートルズを聴いてて。
そしたら、その青山兄弟がやってきて、兄貴の方は「変な曲だなぁ」なんて言いながら、興味を示してて。

その横で遊んでたのが青山純だったんですね。

で、逆に青山の家に行って、初めて青山のお母さんにグラタンっていうものを、ごちそうになったりしたんですけれども。

生まれて初めて食べたでしょう・・
なんだこれは!と思いまして。

(スタッフ)美味しかったですか

おいしかったです(笑)。

ナレーション:

1977年、学生時代からのバンド仲間の参加したアルバムで杉はメジャーデビューする。
その中の一人に、青山純がいた。

杉真理:

銀座のヤマハで練習場を借りてたんです。
そしたら、そこに出入りしている青山っていう、やたら腕の良いドラマーがいて。

僕のデモテープなんかにも手伝ってくれて、一緒にやるようになって。
その時は、それがあの、弟の純だとはお互いに気づかずに、知らないでやってんたんです。

それで、青山君がうちに帰って「杉 マリ」って書いて「まさみち」って読む人がいるんだよってお母さんに報告したら、お母さんが、「えっ! けい・・・」って兄貴なんですけど「けいの友達にいたよ!」って写真出してきたら、みんなで一緒に写ってたっていう。

それで判明したんです。

次の日にスタジオに行くと、純君が「杉くん! あの時グラタン食べてた杉くん?」って(笑)

ナレーション:

杉のデビュー・アルバム、それが青山のプロデビューでもあった。

これは1977年の青山の日記
その中には当時の杉とのことが記されている。

杉の初コンサートのステージには青山がいたようだ。
その日記を杉に見せてみた。

杉真理:

おーっ!!
4月だったんだ・・

うわぁ~ これ(日記の表紙に貼ってあるシール)、このアルバムを作った時に作ったシールなんですよ。
僕もその当時使ってたアコースティックギターにも貼ってあるやつで。

そうか、貼っててくれたんだ!
嬉しいなぁ・・・

ナレーション:

杉は当時の青山のドラムを、どう評価していたのだろう。

杉真理:

音圧、風圧、それから精神圧じゃないけど、そういうのが、非常にガッとある感じで。
なんかこう・・歌ってる人をノセる・・

本人は意識してるかしてないか、判らないけど、ノセるなんか、こう・・・力が彼にはある。

もう、アマチュア時代から持ってましたね。
この人は、遅かれ早かれ世に出る人だなとは思ってました。

ナレーション:

杉にとって、一番想い出深い曲。

♪ トゥナイト

杉真理:

最初にレコーディングした「トゥナイト」っていう曲なんですけども。
あれは、あのぉ・・・留年した後輩の竹内まりやが冗談交じりに「杉さん、私に曲書いてよ。慰める為に」って言って。

本人は、本気じゃなかったらしいですけど・・書いた曲なんですよ。
「あ、ほんとに書いちゃった」って言われて(笑)

それを、青山純が叩いてるんですけども。

やっぱり今聴いても、堂々としてるし、青山純だなぁーって、思わせる・・
なんか、その時、僕なんかは客観的には聴けないんですけども、その時に、誰もプロじゃなくて、これからやっていけるのかなぁって、不安がちょっとと、さぁ頑張るぞっていう希望が一杯と。

っていうような、なんかこう初めの頃の、ちょっと青いんだけど、胸を張ってるっていう感じが僕は伝わってくるんで。

僕は「トゥナイト」の彼のドラムは大好きです。

♪ トゥナイト/杉真理


◎ドラムとの出会い~

ナレーション:

青山とドラムとの出会いは、意外と早い時期に来る。
小学校5年生の時に、青山は父にせがんでドラムセットを買ってもらう。

何故、ドラムだったのか。

青山は後に、そのことについてラジオ※でこんな風に話している。

※コミュニティFM 三角山放送
「Surfin' Rabbit Station」
2012年11月10日収録

(パーソナリティ)純さん、初めてドラムをなさったのは子供の頃ですか。

青山純:

子供の頃ですね。
小学校5年生くらいですかね。

なぜかドラムに目が行って。
そこが理由がよく判んないですけど。

自由が丘の丸井でね。
28000円のgracyの3点セット(笑)

(パーソナリティ)すごい高級品じゃないですか。

青山純:

そうそう、そうそう(笑)


◎中学、高校時代

ナレーション:

しかし、中学でバスケットボールに夢中だった彼は、本格的にドラムを始めるのは高校生になってからだ。

その頃の日記を見るとドラムスクールにも通っていたらしく、そこの先生に向けた言葉があった。

『体にリズムがない、とジョージさんに言われ相手にされなかった。
悔しくてたまらない。
こうなったら、ムチャクチャに練習してやる!』

自宅でテレビを見るときもスティックを離さない。

もしかすると、こんな高校時代に青山は自分の将来の夢を描き始めたのかもしれない。
高校時代の青山を知る人物がいる。

新川博

後に作曲家、編曲家、キーボーディストとして多くの名曲を世に送ることになる人物。
新川に高校時代の青山について聞いた。

新川博:

同じ学校ではなかったんですけど、ぼくの友達の後輩で。
その友達が、うちの学校に上手なドラマーがいるよっていうことで、紹介されて。

それがたぶん最初だと思います。

色白の・・
病弱な・・子って感じですよね。

ナレーション:

「色白で病弱な子」

新川博:

その・・高校生なんかだと、日曜日って男の子なんかだと、ほとんど家にいないもんじゃないですか。

で、今日はいるかなぁと思って電話すると、居て。
まず、そこで驚きですよね。
はぁ、家に居るんだとか思って。

「遊びに行っていい?」とか言ったら「いいよ」とかいって行くと、色白の少年が出てきて、ドラムセットを家で磨いてるみたいな・・・
シンバル磨いてる、みたいな印象だったんで(笑)

ナレーション:

日曜日は自宅でドラム磨き。

新川博:

どっちかっていうと彼はプログレとか、そういうロック系の音楽が凄く好きで。
ジェネシスか・・青山が好きだ好きだと、よく言ってましたけどね(笑)

ナレーション:

好きな音楽はプログレ。
特にジェネシス。

◎初めて組んだバンド

ナレーション:

青山は高校時代に初めてバンドを組んでいる。
彼の日記の中に出てくる「KANN」というバンド。

ジェネシスのコピーバンドだったようだ。

その青山のバンドを目撃した人物がいた。
ギタリスト土方隆行。

数多くのアーティストとの共演、スピッツや河村隆一などの編曲やプロデュースでも知られる人物だ。

土方隆行:

青ちゃんと出会ったのはですね、実は40年くらい前にですね、まだ僕も青ちゃんもアマチュアだったんですけども。

高田馬場のビックボックスで大学対抗のバンドコンテストがあったんですね。
その頃ね、青ちゃんはプログレのバンドやってたんです。
僕らはハードロックのバンドやってて。

それが、予選、準決勝、決勝って3回やりまして、ふたつとも最後まで残って。
その時にお互いちょっと声をかけあったというか。

結果、僕らが勝っちゃったんです(笑)
ま、その、たぶんね僕らだけオリジナルやってたんですよね。
たぶん、そこを審査員の方が評価されたんだと思うんですけど。

それがね、もうほんとにね、最近までその話はね(笑)、合う度に結構していましたね。

◎MAGICAL CITY

ナレーション:

その後、青山は、そのキャリアの原点とも呼べるバンドに参加する。
彼の日記に、そのバンド名が記されていた。

『MAGICAL CITY』

リーダーは新川だった。

新川博:

MAGICAL CITYというバンドなんですけど、青山純君とベースが伊藤広規。
で、ギターが牧野っていうギターがいて、それと僕と4リズムですね。

ナレーション:

おそらく青山の人生において、最も重要な人物の一人となるベーシスト伊藤広規との出会いだった。

伊藤広規:

キーボードの新川博の家で・・
家に遊びに行った時に・・
その部屋の奥のほうで、こう横になっていたんです。

「こいつ、ドラムの青山純っていうんだよ」って。
”ふーん、そうなんだ”っていう感じですかね(笑)。

そいで、「僕」とか言ってたんで、足立区出身の俺は「僕だってよぉ!」とか言ったらしいです(笑)。

初めてドラムを聴いたのは、志賀高原でバンド演奏するっていうんで、その新川と青山と、あと何人かでしたけど・・だいたいそんな感じかな・・

そん時に初めて何曲かやって、演奏した時に、結構オカズもしっかり叩けてて、はっきりしたドラムだなという印象でした。

”あとはカッコよさだな!”とか思いました(笑)

ただ、ひとつ、話してて面白かったのが、音がいいんですよね、一個一個。
何故って聞いたら、昔FEN※っていう・・・今でもありますけど。
※ FEN:エフイーエヌ、Far East Network 極東放送網

あれのドラムって、リミッターが効いてて、すごい、いい音してるじゃないですか。

ドゥーン・ヴゥーン・ヴゥーン ってこのリミットの効いた何かいい感じあるじゃない、あの選曲と。

生音でそれを出そうとしてたっていう。
何も理屈が判らない男の子が考えた感じですね。

(スタッフ)伊藤さん、どう答えたんですか?

”そーれは、いいー”って(笑)
”そんな事真似るヤツ、誰もいない!”


◎アルファ・ミュージック

ナレーション:

まだ無名のバンド。
しかし彼らはプロとしてのキャリアをスタートさせていたようだ。

新川博:

その後アルファ・レコードというふうに、なっていくんですけども。
そこの前進でアルファ・ミュージックっていう会社がありまして。

そこは要するに若いクリエイター、まあ、だから・・ユーミンだとか、そういう人たちですよね、それが出版社に集っていてというか、入り浸っていて。

うちのおふくろが詩を書いてまして、うちのおふくろが村井さん※と、なんかの仕事のきっかけで、知り合いになって。

※村井邦彦 アルファミュージック創設者

じゃこうやって、デモテープ作るの手伝って上げてと、いうあれで・・
確か、それがきっかけだったと思います。

伊藤広規:

アルファの会社の新人の人たちが作った曲をデモテープにして会社に渡すという。
そういう内容で・・

来たデモは、歌ってる人が・・アーティストが自分ちでギター1本で歌ってるヤツとか、そういうヤツをもってきて、それを聴きながら、こうしようって皆で意見出し合って、作ってったって感じですね。

随分そのお陰で、レコーディングっていうノウハウを知りましたね。

一人、月5万で・・やりました。


ナレーション:

後にスタジオ・ミュージシャンとして功績を残す彼らの原点とも呼べる作業。

新川博:

オリジナルの音楽を演る、と。
人のコピーではなくて。

そこだと思います。

その後は僕らなんかは、スタジミュージシャンとかね、アレンジャーとかになるわけですけど。
まぁそこで、きっちり試行錯誤が出来たかな、という感じで。

ナレーション:

後に盟友となる青山と伊藤。

そのきっかけとなる言葉があった。

伊藤広規:

MAGICAL CITYが解散っていうか・・・
確か「クビ!」みたいな、そういう危うい時があってね。

新川が青山に「どう思うんだよ!」って言ったら「僕は広規君と一緒にやりたい!」

もうその言葉ですね。
もうグッと掴まれました。

”よし、じゃぁ、こいつとは一緒にやるぞ!”


◎山下達郎との出会い

ナレーション:

そして二人は運命を大きく変える一人の天才と出会う。

山下達郎

青山純と伊藤広規を彼に紹介したのは吉田美奈子だった。

伊藤広規:

一番最初は吉田美奈子さんと青山と俺と、で・・
あと、達っつぁんと。

原宿の・・今は無くなっちゃった店なんですけど、そこで食事をした、っていう感じですね。

「君たちは、どんなのが好きなの?」
なんて言われて。

「オレはフランク・ザッパとラリー・グラハムと、北島三郎かなぁ」
とか言った覚えがあります(笑)

ナレーション:

二人は意外な形で山下と初めての共演をする。

伊藤広規:

その初めて会った時だったかな・・
その次だったなかぁ・・

そのままムーングロウっていうアルバムですか、それの"かぶせ"の時期だったんですね、その頃。
アルバムの歌かぶせとか。

で、そのまま・・
「歌かぶせあるから、遊びに来る?」って聞かれたんで、「行く行くー」って。
吉田美奈子さんと皆でスタジオへ行って。

丁度その時「SUNSHINE」って曲ですか・・・

♪ サンシャイン 愛の・・・ダラ・ラ・ララ~ ヤイヤイ

ってのを歌かぶせてきました。

風邪ひいて鼻声の青山と俺と吉田美奈子さんと3人で、その♪ヤイヤイをかぶせたという。


◎Peral MAPLE FIBER

ナレーション:

そして二人は山下達郎のサウンドを支えるドラマーとベーシストになる。
初めて参加したアルバムは日本の音楽界において金字塔とも言える傑作「RIDE ON TIME」

この時、青山が叩いていたドラムはPeralのMAPLE FIBER。
青山の生涯には16人のローディーがいるが、その初代を務めたのが、当時駆け出しのドラマーであった阿部薫。

阿部に実際に青山が使っていたPeralのドラムセットをセッティングしてもらった。

後にドラマーとしてTMネットワーク、浜崎あゆみ、安室奈美恵などのレコーディングやツアーサポートとして活躍する阿部。

彼は、この時期の青山を最も良く知る人物の一人だ。

阿部薫:

青山さん、触ってたやつを久しぶりに、ほんとに久しぶりに触ったんで。
ん・・・なんか亡くなったという印象がないし・・・

そのまま居るんだなって、青山さん、ここに居るな、居るかなぁ・・
みたいな、感じを覚えますね。

セッティングしてた時のことも思い出しますし。

黄色のセットだったんですけどもMAPLE FIBERっていう素材のやつで。
で、10インチ,12インチ,14インチ,16インチっていうセットになってます。

ナレーション:

実は青山は左利き。
セッティングはどうなっていたのか。

阿部薫:

これはもう、正に右利きのまんまなんで。
左利きの方が右利きのセットを叩いてらっしゃった。

僕らは右利きなんで、右から入るフィルインとかが、左から入るフィルインのお陰でフレーズがちょっと違って聴こえる。

たぶん、最初にこれで練習しちゃったからじゃないですかね。

ナレーション:

そして阿部はライドオンタイムのレコーディングを間近で見ることになる。

阿部薫:

もう、真後ろですよね。

青山さんがここに座ってたら、自分はここに座って(笑)
こうやって、一緒にヘッドホン聴いてる。

もう最高でしたよ(笑)

いやぁ、この人はやっぱ違うなと。
全部はっきり物事を言う人(笑)、ドラムで言う人(笑)

一個一個の音がはっきり出てるってことですよね。
ハットにしてもスネアにしても、キックにしても。

勝手にみて、あ、これカッコイイなと思ったのを頂きますって、勝手に自分でコピーして演ったっていうのは、ありますよね。

(スタッフ)例えばどんな

ラテンチック・・ラテンでは無いんですけど

♪~

こういう感じです。
これ頂きましょうと(笑)
カッコイイな、と。

で、逆に「青山さん、これ、ちょっと演ってもらえませんか?」って言ったことがあるフレーズがあるんですよ。

それが・・
♪~
っていうのを、演って下さいよって言ったら、ある曲の中で2,3回やってくれて(笑)

もう自分は袖でもう大喜びですよ(笑)
やってくれたぁーっって(笑)

まさか本番で演らないだろうなと思ったら、本番で演ってくれて・・
もう、嬉しい!(笑)

勝手に喜んだだけですけど(笑)。


◎YOUR EYES

ナレーション:

阿部が一番好きだった曲は?

阿部薫:

「YOUR EYES」が好きですね。

♪ YOUR EYES

理由はもう・・・泣かされるんですよ、あの曲で。

ナレーション:

青山と伊藤が参加して2枚目のアルバム、その中に収められている「YOUR EYES」

阿部薫:

やっぱり、歌と相まって、あのリズムにしろ、オカズ、フレーズにしろ・・
もちろん、凄くシンプルですし。

ものすごく、曲に合いすぎちゃってて。
で、それで泣かされちゃうんですよね。

何も難しいことしてるんじゃないんです。
なんか・・・
難しいこと、してないんですけど(笑)

至ってシンプルなことなんですけど。
もう極みですよね。

ナレーション:

シンプルな青山のドラミング。
難しいことはしていない。

ならば、誰もが同じように叩けそうであるが・・・

阿部薫:

できません!

はっきり言っちゃいますけど(笑)、出来ませんって言いますね。

(スタッフ)何故ですか?

青山さんしか出来ないから。

あタイミングで・・
あの音色で・・
あのバランスで・・・

そしてあの、隙間が凄いんですよね。
隙間っていう言い方・・・ううーん、正しいかどうか判んないですけども。

音符と音符の隙間だったりとか。
その間に、いわゆる上の楽器の方達とか、その間を埋められる・・
埋めやすく、その隙間を作ってるんですよね。

青山さんの表現をしろ、して下さいと言われても、出来ないですね。


◎楽器のバランス

ナレーション:

山下達郎サウンドにおける青山のドラムを別の角度から見ていた人物がいる。
エンジニアの吉田保

吉田保:

とにかく、その・・・
楽器のバランスがいいっていうのが、すごい第一印象でしたね。

だからセオリ通りに・・
例えばタムとかスネアはマイクを例えば45度に向けて録るのが、ある程度アタックと響きを上手く混ぜて録れるっていう。
45度というのが理想的なんですけど。

楽器のセッティングによっては、例えば20度になっちゃったり、10度になっちゃたり、平行になっちゃたりしないと、突っ込めないという部分が、マイクが突っ込めないという部分がありますけども。

ただそういう風な、レコーディングに関する論理を上手く当てはまって録れるドラマーであったことは確かだと思いますね。

◎チューニング

ナレーション:

しかし青山のチューニングの仕方はかなり変わっていたようだ。

伊藤広規:

チューニングの仕方が普通のドラムの人と違うんですよね。

普通、タイコの周りをコンコンって叩いて音程を合わせるみたいなことを普通、ドラムの人はするんですけど。

俺も昔ドラムだったんで、そういうことしたんですけど。

青山の場合は、もう・・・
ダーン! ダーン!(笑)
ダーン! ダーン! って。

なんか大工仕事のリズムなんです。
このダーン! ダーン! が。

スタジオ行くといつも遠くからダーン! ダーン! ダーン!って聞こえてくると、”あっ、今日は青山なんだ”っていうのが、すごく判りましたね。


◎キックペダル

ナレーション:

このアルバム(FOR YOU)には、青山の他にもドラマーがいた。
「ミュージックブック」という楽曲でドラムを叩いた渡嘉敷祐一。

同じドラマーから見た青山の印象は・・・

渡嘉敷祐一:

青ちゃんの、独特なペダルと靴を見て、あぁやっぱりあの設定のペダルで、あのキックが・・
重たく設定されてるんですよね。
踏むのに凄くたいへんな・・・
普通の人だったら、ちょっと踏めないかなっていうくらい・・・

初期設定がすごい後ろにあって、エイッて踏まないとドンッていかない。
それをずっと訓練してると思うし、そのタイミングと力加減であのビートっていうか、あのサウンドが出てたと思うんで。

必ず靴もボクサーシューズに履き替えてやってましたよね、当時ね。

必ずその靴とペダルがセットになってるっていう・・・


◎SONOR

ナレーション:

青山が参加して3枚目の山下達郎のアルバム。
彼がここで大きな変革を遂げる。

ドラムをパールからソナーに変えたのだ。
その時のことを本人が後にこう語っている。

青山純:

ソナーっていう楽器に乗り換えて、タイコが鳴らないんですよ、普通に。
ドーンって。

上手く鳴らないんだ。
トゥーン、トォーン、トォーンって。

ゴツゴツ、ゴツゴツしてるわけ。
ベードラもなんかゴツゴツ、ゴツゴツしてて。

で、だんだん、だんだん、煮詰まってきて。
やっぱりパールに戻ろうかなって、一瞬思ったんだけど。

でも、追求してるうちに、だんだん、だんだん”あっ、この音は、こういうふうにして叩かなきゃいけないんだ”っていうような。

ペダルを、ベードラのペダルを押し付けたりしないで、打って離す、ドーンと。

(スタッフ)それまでは押し付けた感じで・・・

そうそう、押し付けてた。
それが大きいですね。

ナレーション:

青山の代名詞とも呼ばれるソナーのドラムセット。
そのセッティングには何か青山の特徴のようなものがあったのだろうか。

16代目、最後のローディーとなった田中利明に聞いてみた。

田中利明:

だいたい、もうベーシックなセットだと思いますね。

やっぱりこのタムのインチがね、10,13,18ていうのは、もう青山さんならでわのものですし。

これ、10インチ,13,18インチなんですけど。
極端に開くセッティングは青山さんらしいというか、特徴的な。

あとは、このシンバルですね。
この位置に(前方 タムとタムの間の中央部分)シンバルがあるっていうのも、クラッシュシンバルがあるっていうのも、青山さんの特徴的な部分だと思いますね。

本来なら、ここは開いてまして、シンバルがこのへんにあったりとかするんですけど。

クラッシュ・シンバルがここにあるってのは青山さんらしいところだと、僕は思います。

ナレーション:

そして、このスティック。
実は微妙に左の方が太く作られている。

◎夜翔(Night-Fly)

ナレーション:

エンジニアの吉田に、青山の特徴がよくわかる楽曲を選んでもらった。

吉田保:

彼の一番器用だなと思うのは、オーケストラとドラム、ベース、そのコンビネーションが一番はっきり出てる、上手いなと思ったのが、ここにあるメロディーズの中にある「ナイトフライ」という曲だと思うんですけども。

♪ 夜翔(Night-Fly)

今、お聴かせしたような、最後のダイナミックスの持って行き方なんていうのは、やっぱり広規と青山純さんのコンビネーションがあったから、ああいう盛り上がりが作れて、そのバックに弦とブラスの、その細かいフレーズが、タカタカ・タカタカ、パパパパとか、そういうバランスが絶妙ですよね。

そういう部分はやはりベーシックに録ったリズムの・・リズムセクションによって全てある程度決まるっていうのが、あると思いますね。

ナレーション:

青山と伊藤は、以後長い間、山下達郎サウンドを支えるリズム隊として活躍する。
そしてドラマー青山の、その活動の場を広げていく。

~ CM ~

◎ザ・スクエア

ナレーション:

山下達郎バンドと並行し、青山が参加したのがザ・スクエア。
リーダーでギタリストの安藤まさひろに当時の青山の話を聞いた。

安藤まさひろ:

結構有名で、すごいドラムがいるっていうのは、僕らの業界で結構噂になってて。

スクエアがデビューして直後くらいなんですけど、ユーミンのサポートをやってた時期がありまして。

79年に最初にオリーブツアーだったかな・・
ってのがあって、その後、秋口からマジカル・パンプキンっていう、また別のツアーが始まりまして。

最初のツアーの時は別のドラマーがやってたんですけども。
ちょっとロック系のドラマーだったこともあって、ユーミンの方から違う人をお願いしたいっていうような事を言われたりしたのもあって。

で、その秋口からのマジカル・パンプキンっていうツアーの時に、青山純がスクエアのメンバとして入ってユーミンのサポートするっていう形で出会ったのが最初でした。

彼と最初に作ったアルバムが「Rockoon」(1980)っていうアルバムがあるんですけど。
その時に、あらためて青山純の凄さみたいなものを感じましたね。

やっぱりそのタイトなグルーブとガッチリとしたドラムのサウンド、それはもう凄いなっていうのを、レコーディングして、ようやく自分は理解したような気がしますね。

◎仙波清彦

ナレーション:

このバンドには、後に青山の師匠と呼ぶ人物がいた。
パーカッショニストの仙波清彦である。

仙波清彦:

スクエアに彼が入ってきて、ほどなくね、スクエアでユーミンのツアーをやることになるんで。
そのユーミンのツアーが結構強力に覚えてるかな。

入りたての頃は、よくSONYのスタジオで、チューニングをね研究っていうか・・・
新しいドラムが来ると必ず彼はスタジオ入って「仙波さん、一緒にやろうよ」ていうような話になって。

彼のチューニングを外から聴く役ていうか・・
独特の彼のチューニングが・・
僕もね、かなり影響を受けてるんですけど。

1日中やってましたね。
いい時代でしたよね。

スタジオにブースってのがありますよね、ドラムがセットされてて。
そこで叩いてる音が、このコンソールの中で同じ音じゃないとイヤな人なの。

面白い話があって、僕らがレコーディングしてる時に・・
最初に青ちゃんが「そういうんじゃ、ないんだよなぁ」ってエンジニアの方に注文をするじゃないですか。

いーっぱい、色んなことやるじゃないですか。
でね・・
「いやぁ・・これじゃないんだよな、あれちょと・・」
「あっ! それそれ、それそれ!!」
つった時に、ノー・インキューだったり(笑)

要するに、そのまんまだったり。

だから、それ研究してたかな。
音に関してはね。

例えばアップテンポの曲でね、これは彼を悪くいう訳ではなく・・・
ポンとね、青ちゃんのドラムだけね、裸にすんの、たまにね。

そーすとさ、めっちゃ下手なのよ(笑)
下手なんじゃないのよ。
例えばね、キックが先行ってて、スネアがちょっとレイドバックしてる感じで。

なんか、エ~っていう感じなんだけど、オケの中に入れるとバッチリで。

だから生理的にそうなこのベーシストで、どうのこうのっていうのは瞬時に判る感じじゃない。
だからスピード感があるのに、落ち着いてる感じ、と。


◎ちょっと違ったドラマー

ナレーション:

仙波と安藤は青山が普通とはちょっと違ったドラマーだったと証言する。

仙波清彦:

大胆なんだけど繊細なんですよ、すっごい!
バラードみたいなのも、パンッってスネア打った時に、そっと指が付いてるとかしますね(笑)

こう・・あの・・ちょっとだけミュートしたりとかね(笑)
そん時だけ。
そのくらい繊細。

あんまり人が着眼しないようなところ。
例えばハットを踏むだけの音とかね。

踏むっていうのは、あれキープとかじゃなくて、あれも一個の音だっていう考え方ですから。

フレーズの中に踏む音を入れたりとかね。
「チ」とか・・

ああいうのは普通のドラマーにない感覚ですね、結構。

安藤まさひろ:

僕は別の仕事で、青ちゃんにお願いして、ここちょっと、曲に入る前にフィルを欲しいと。
僕としては、なんか・・トゥラ・トト・トトン・ダーン!とかいうフィルを期待して青ちゃんに言ったんですけど。

カウントが「カ・カ・カ・カ」って鳴るじゃないですか。
来るかなぁと思って、最後に・・
「チ・ダーン」って(笑)

ハイハット一個「チー」って・
それがフィルだったんですよ(笑)

チョ~考えられん(笑)
判りました~って(笑)

"そういんじゃなくて"って言えなかったですね(笑)

ナレーション:

後に安藤がリリースしたソロアルバム〈MELODY BOOK(1986)〉
ドラムは青山純が叩いている。

♪ アナザー・ナイト/安藤まさひろ

安藤まさひろ:

何しろ、青山純のドラムが・・
なんて言えばいいんでしょうね・・

今で言えば、パッド
後ろになるべくサウンドを一体化させるためにパッドをファーって鳴らしたりすること多いんと思うんですけど。

それが無くても、俺にまかしとけっていうような・・
大地のようなドラムをしてくれて。

自分のソロアルバムだったんですけど、あれ青山純のアルバムなんじゃないかなって(笑)
いうくらいドラムがすごかった(笑)。

◎PRISM

ナレーション:

更にドラマー青山の需要は加速していく。

和田アキラ:

最初に会ったのは、プリズムがまだアルバムとか出る前ですけど、下北のロフト行ってライブやってる時にバッドシーンっていうバンドでチャーの前でギターやってた牧野ってやつが連れてきたんです、青山純を。

その時、初めて会った時で。

ナレーション:

日本初のフュージョンバンドとも称されるプリズム。

和田アキラ:

青純は、その頃からリズムがはっきりしてるっていうか。
ちょっと日本人ではない感じで。

彼の場合、ドンカマ使ってもぴったし合うし、そうじゃなくてもドンカマ使ってるみたいな・・・
非常にはっきりしてて、男らしかったですね、最初から。

最初、青山が入って出したアルバムがSURPRISE(1980)っていうアルバムなんですけど、それは案外、ドンカマ使ってるようなリズムなんだけど実はそうじゃないのが結構あるんで。

「UP SIDE DOWN」とかいう曲なんかも、カウベルを使ったパターンで作るんですけど。
他の人にはちょっとない感じですよね。

♪ UP SIDE DOWN

青山はね、でもねドラムソロがあんまり好きじゃないんですよ。
あいつはね、割とやりたがらないし、ドラムソロやれって言っても、こう・・

ずっとリズムをキープしてるみたいなパターンを・・
だから派手な、ダダダッとかそういうのはやんないで。

ズッ・タッ ズッ・タッ

とパターンをやって(笑)もってくとか。
そういう奴でしたね。

ナレーション:

青山のドラムはバンドの音楽性自体を変える力もあったと和田はいう。

和田アキラ:

最初、リズム録りって・・・ベーシックにちょっと感じられるんだけど・・
何曲かリズム録りに録ったソロを、そまま使ってるのもあるから。

それくらい、ノリがいいっていうか、だから出来ちゃったと思いますね。

それは今までに無かった形のものが出来るようになった・・と。
こういう曲は青山にしか出来ないだろうとっていうのがあるんです。

ハッキリしたリズムが欲しいパターンとかを作るのが、他の人とは違う感じがしましたね。

それが、ありきたりじゃないんですよ。

◎80年代のJ-POPシーン

ナレーション:

そして青山は80年代のJ-POPシーンを席巻していく。

♪ 松任谷由実「5cmの向う側」
時のないホテル(1980)

♪ 山下久美子
「赤道小町ドキッ」(1982)

♪ 渡辺美里
「GROWIN'UP」(1985)

♪ 竹内まりや「元気を出して」
Expressions(1988)

♪ 近藤真彦
「ハイティーン・ブギ」(1982)

♪ おニャン子クラブ
「セーラー服を脱がさないで」(1985)

♪ 大沢誉志幸
「そして僕は途方に暮れる」(1984)

ナレーション:

歌謡曲、ニューミュージック、アイドルまでジャンルを関係なく、あらゆる音楽が青山純のドラムの音になっていった。

新川博:

80年代から音楽シーンが変わっちゃって、音楽シーンの方が青山の方に近づいていった、っていう。

青山自身は何にも変わってなくて、世の中の背景がガランと変わったっていうか。


♪ 松田聖子「一千一秒物語」
風立ちぬ(1981)

♪ 菊池桃子
「卒業-GRADUATION-」(1985)

♪ 中森明菜
「DESIRE-情熱-」(1986)

♪ 今井美樹
「Boogie-Woogie Lonesome High-Heel」
mocha(1989)


◎家族

ナレーション:

私生活では1983年に結婚。
3人の男の子の父親となる。

仙波清彦:

子どもが生まれた頃によく、音楽の話じゃないけど、家に遊びに子ども連れてきたりとかして。

すごい・・パパって感じ(笑)

ナレーション:

そして二人が青山と同じドラマーの道に進む。
三男の友樹は昨年よりプロのドラマーとしてのキャリヤーをスタートさせた。

彼の父親との一番の想い出は、小学生の時のこと。

青山友樹:

ある日、図工かなんかで、小学生の時に。
新聞を使うっていって、新聞をみんな持ってきてて。

で、なんか、ふと見たら竹内まりやさんの武道館公演みたいな、バーンってでっかく出てて。

「あっ、これ今度うちのお父さんでるよ」
って言ったら、先生がすごい食いついて
「エッ?マジで?」って。

その新聞切り抜いて(笑)、学校の掲示板みたいなところに貼ってあって(笑)
これが何年何組の、なんとかのお父さんが出ます、みたいなことが書いてあって(笑)

ちょっと恥ずかしかったなぁと(笑)
でも、なんか・・自慢でしたね。

誇らしい感じと思ってました。

ナレーション:

次男の英樹もプロドラマーとして活躍。
彼の父親との想い出は、ちょっと微笑ましい出来事だった。

青山英樹:

結構、ラーメン好きで・・
結構気に入ったとこ、目つけてよく連れて行かれてたんで。

新しく出来たラーメン屋、豚骨系だったんですけど。
もろ、すごく、旨いって話になって(笑)

それが一番印象的でしたね(笑)
あと、僕がそこで帽子を忘れちゃったんですよ。
かぶってた帽子を。

で、店長が走ってとりに来てくれて。
そこで親父もなんか「あぁ、あの店長、いい人だね!」みたいな。

どうでもいい話ですけど(笑)
印象的には、一番それが想い出深いですね。

◎父親

ナレーション:

しかし、二人が子どもの頃は青山が人生で一番忙しかった時期でもある。

そんな父親を二人の子どもは、どう見ていたのだろう。

青山友樹:

基本は、家にいなかったイメージがあったので。
たぶん飲んで帰って・・・

学校に朝起きると・・よく起こされてたのがありました。
「学校に行けー」
「俺はもう寝るぞ」
みたいな。

小学生のころは、特に忙しかった時期で。
週、5,6レコーディングしてライブしてみたいな。

お父さんっていうよりは、どっちかというと忙しいドラマーのイメージでしたね。

ナレーション:

忙しいドラマー。
でも成長した二人に青山がドラムを教えるような事はなかったのか。

青山英樹:

パタパタやってると、おーやってるなみたいな感じで来るんですけど。
僕はもう、結構激しいの好きだったんで。

親父も、見よう見真似に激しく・・こうやってやるんだよって感じで叩きこんでて。

気づいたら、自分がそれを練習しちゃってて(笑)
こうやってやるんだって言いながら(笑)

僕のことほったらかしで、自分がそのまま練習してたりしましたね(笑)。

ナレーション:

現在、青山の家には一匹の犬がいる。
名前はボビー。

青山友樹:

7年前くらいに、「今度、大分に行こう」って。
何で大分に行くのって・・・
「いや、俺犬飼いたくてさぁ」

そこに、いっぱいラブラドールレトリーバーがいて、この中から一匹選ぼうって。
今のボビーっていうんですけど、ボビーっていう子を選んできて。

じゃ、三ヶ月後に飛行機で送ってもらうからって。
で、三ヶ月後に迎えに行って。

で、その時に、飛行機から荷物が降ろされてきて、犬が出てきた瞬間の喜び様が、もう・・・
「よーし・よしよしよし!」って。
こんな顔見たこと無いくらい(笑)

ずっと犬飼いたかったらしくて。
で、迎えに行って、何で俺を連れてきたの?って言ったら
「お前がいれば、たぶんお母さんとかも、納得するから。俺だけだと絶対反対されるから」
目茶苦茶子どもっぽい(笑)

よく四男って言われてた(笑)
長男じゃない、四男って言われてた(笑)

下手したら犬のボビーより下かもしんないってよく言われてて。


◎オレカマ

ナレーション:

この日、スタジオにたくさんのドラムセットが運び込まれた。
やってきたのは、初代ローディーだった阿部薫、青山の二人の息子たち、そして仙波清彦。

仙波は親交のある3人の打楽器奏者も連れてやってきた。

80年代から仙波が手がける「はにわ」というプロジェクト。
その時々で「はにわちゃん」「はにわオールスターズ」と名前を変える。

その音楽は正に仙波ならではの世界。

なるべく普通でないもの、というコンセプトではあるが、その音楽性は高く、この91年に行われたライブも今や伝説となっている。

青山純はこのプロジェクトにも数多く参加。
打楽器奏者の中心人物として仙波が期待を寄せた。

その楽曲の中で打楽器のみで演奏する「オレカマ」という曲がある。
オレに構わず行け、という意味らしいが。

そう、仙波は青山純への追悼の意味を込めてオレカマを青山の二人の息子と演奏しようというのだ。

二人は今回のために、かなり練習をしてきた。

♪ オレカマ

ドラマー 阿部薫
次男 青山英樹
パーカッショニスト 仙波清彦
ドラマー 長谷頼晃
ドラマー 大西英雄
パーカッショニスト ジャイアン谷口

~ CM ~

◎90年代のJ-POPシーン

ナレーション:

90年代に入っても青山純は時代を代表するアーティストやヒット曲をドラムで支えていく。

♪ B's
「裸足の女神」(1993)

♪ とんねるず
「ガラガラヘビがやってくる」(1992)

♪ 福山雅治
「Message」(1995)

♪ 徳永英明
「壊れかけのRadio」(1990)

◎ボーカリストにとっての存在

ナレーション:

スポットライトを浴びるボーカリスト。
それを背中から支える青山のドラム。
ボーカリストにとって青山とはどんな存在なのだろうか。

古くから青山と親交のある小川美潮に聞いた。

小川美潮:

彼、結構、こうやりたいって言っておきながら、次の日には、もうちょっと早くとか遅くとか言って、変わっちゃうんですけど(笑)

その様子を見つつ、でもその音楽の、これはこれでしょっていうテンポをしっかりと出してくるっていう感じなんで。

だからそれだけ歌に入ってるっていうか、青ちゃんが。
通りすがりのドラマーじゃなくて。

仙波清彦:

「粋」っていうんですかね。
粋ってのは、ようするに人を思いやるってことじゃないですか。

人知れず。

それをドラムでやってるんですよね、きっとボーカリストに対しても。

ナレーション:

青山はこんな言葉を残している。

『歌と伴奏という関係では満足行かない。
たとえ2,3回しか一緒にしない人でも、なるべく時間を多く共有して通じ合いたい。

気持はいつもあなたと一緒にいますから。

そういう感覚ですよ。』

◎デンキ

ナレーション:

小川や青山と一時期を共にしたアーティストたちがスタジオに集まった。
ちょっとした目的がある。

1991年にリリースされた小川のソロアルバム(4 to 3 )
そのマスターテープが見つかった。

アルバムの中に収められた「デンキ」という楽曲。
その青山のドラムパートを楽曲制作に携わった仲間で聴いてみようというのだ。

♪ 青山のドラムパート

これが青山のドラムのみの音源

平沢上侍:

サビのところが、とても素敵な世界が展開されていて、他の音で気が付かなかったんですけど、裸になって、その良さもまたいいなと思いました。
あらためて。

近藤達郎:

青山さんって、やっぱりセッションドラマーとしては、すごく手堅く王道のエイトビートを叩くようなイメージがあると思うんだけど、この曲はもうすごく変なパターンで。

ほんとに、このドラムパターンで生まれ変わったっていう感じが僕はありますね。

Ma*To:

いろんなアプローチを考えて、また周りの音をすごくよく聞いてるんですよ。
歌を邪魔しないようにっていう・・
その辺がすごい一番特徴的じゃないですかね。

mecken:

この曲はメロディーとコードでもちゃんとした曲なんですけど、更に、そこだけでしか成立しない世界っていうか・・
ドラムは、存在が大きいと思います。

whacho:

この曲はパーカッションとして参加してないんですけど、オレ。
いらないって感じだね(笑)

CD聴きながら、青ちゃん、こう叩いてるのかってコピーした手順が、まるで違ってたんですよ。
もっと、ぜんぜん少ない・・・

タ・トロコッのあとは、ほとんど叩いてない感じが凄いなぁと思って。
ちょっと変わってて、人が叩かないようなロールのパターンなんだけど。

ナレーション:

この曲のレコーディングをするために、みんなで合宿をした時のビデオがあった。
在りし日の青山の姿もある。

あれから20年以上の時が流れた。
そして今、残された青山のドラムに仲間たちが再び音を重ねる。

ボーカリスト  小川美潮
ギタリスト 平沢上侍
キーボーディスト 近藤達郎
キーボーディスト  Ma*To
ベーシスト mecken
パーカッショニスト whacho

◎200年代

ナレーション:

2000年代に入ってもJ-POP界における青山のドラムは輝き続けた。

♪ 平原綾香
「Jupiter」(2003)

♪ MISIA「星空の片隅で」
SINGER FOR SINGER (2004)

特にMISIAはツアー、レコーディングメンバーという以上に青山を慕い、2000年代の青山を語る上で重要な存在となった。


◎ひとつ打ち

ナレーション:

その2000年代後半から青山は序々に体調を崩していく。
その青山が晩年に始めたもの。

それはドラムスクール。

あの青山純が直接マンツーマンでドラムを教える。
プロのドラマーであり、ドラム講師もする山本雄一。
彼もここに通っていた。

ドラム2台
青山純と向い合って練習をする。
そして青山がここに通ってくる生徒達に繰り返し教えたこと。

それは「ひとつ打ち」

山本雄一:

青山さんが、ここで説かれた「ひとつ打ち」っていうのは、ある意味、強打の連続ですね。
まず音出せっていう。
しっかりパーンって行けっていう。

ひたすらもう、パン、パン・・・
ここに来た生徒さんがドラムセットに全然座らせてもらえなくて。
ある日、ひたすらトレーニングパットでずーっと、もう汗だくになるくらいずーっと止めずに・・・

たぶん1時間あるとしたら、50分くらいノンストップで、いろんなテンポで。
でも、細かいことは言わず、ただひとつ打ちを続けてた。

で、それ、終わって、みんな1回ドラムセット行ってごらんって、演った時に、ものすごい音が違ったっていう。

それはレッスン、一緒に受けた周りの仲間もビックリしたと。

ナレーション:

この映像は、実際に青山が教えていた時に撮影されたものである。

(レッスン風景〉

晩年に青山が出したドラムの教則DVD。
天才が残したメッセージ

「ドラムはひとつ打ちが全て」

伊藤広規:

いやぁ、もう、もろ青山っぽいなぁという感じですよね。
「ひとつ」が大事ですからね。

結局ひとつの音がはっきりしてましたから。
初めて会った時から。

A*I

ナレーション:

共にプロのキャリアをスタートさせた青山と伊藤。
二人は山下達郎以外にも沢山のアーティスト達のレコーディング現場やツアーで一緒だった。

その二人が1枚のアルバム※をリリース。
ほぼドラムとベースのみの演奏。

青山が他界する1年前のことである。
※ A*I(2012)

伊藤広規:

特別ですね。
何故だか、もうほんとに、よくこんな俺によくそこまで合わせるなっていうくらい、合わせてきましたね。

お別れ

ナレーション:

しかし青山は昨年(2013年)12月3日、病気により急逝する。
年が明けた1月に行われたお別れの会。

祭壇にはドラムセットがおかれていた。

1980年代から30年、2000曲を超える名曲、ヒット曲をドラムで支えてきた青山純。

一体彼は何を求めていたのだろう・・

小川美潮:

「バンドやろうよ、バンドやりたいよ」って。
私は元々バンドを・・って思ってたけど。

”うんうん”って言って若いとは思いましたけど。
青ちゃんもバンドがやりたいのかと思って。

安藤まさひろ:

こんな音楽やりたいねっていう仲間が集まって始めるのがバンドじゃないですか。

そこには、もう何か変えられない、他では得られない繋がりっていうんですかね・・・
同士みたいな、そういう関係があるから、もしかしたら青ちゃんは、そういうものを求めてたのかもしれないんですけどね。

まあ、あのぉ・・伊藤広規は、すごいそういう意味では彼との・・
何て言うんでしょう・・
繋がりって、すごい強かったと思うけど・・

そこにもっと繋がっていく人達ができなかったのかもしれないし。


◎エンディング

ナレーション:

天才ドラマー青山純は、もうこの世にはいない。
しかし青山の残した音楽は今も当たり前のように日常にあふれている。

この時期になると、必ず街中で耳にする曲。
その曲を演奏するために青山の友人たちが集まった。

♪ クリスマス・イブ

小川美潮(vo)
伊藤広規(ba)
新川博(key)
和田アキラ(gt)
土方隆行(gt)
渡嘉敷裕(ds)

~ END ~

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DATE: CATEGORY:青山純
『伊藤広規、青山純のラジカントロプス2.0』(2013年4月15日OA)


2013年4月15日にラジオ日本でオンエアされた伊藤さんと青山さんのお話、なかなか聴く時間がなかったのですが、ようやく聴くことができました。

お二人が選ぶ達郎サウンド5曲※にまつわるお話や、達郎さんとの出会い、ライブでのアクシデントなど、楽しい話題ばかり。
達郎さんトリビュートバンドとしてコピーバンドをやらせて頂いている私にとって、貴重なお話でした。


SPARKLE 
メリー・ゴー・ラウンド 
ふたり 
THE WAR SONG  
プラスティック・ラブ

青山純さんは 2013年(平成25年)12月3日にお亡くなりになりました。享年56才。
あらためまして青山純さんのご冥福をお祈り申し上げます。

このブログでは、オンエアされた放送の一部をテキスト化しています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。
放送音源はここで聴くことができます。

【ゲスト】
ベーシスト :伊藤広規
ドラマー  :青山純

【進行】
放送作家  :植竹公和氏
ラジオ日本 :福田氏

◎ 冒頭

植竹: 

本日のゲストは、ベーシストの伊藤広規さんと、ドラマー青山純さんです。

お二人はですね、山下達郎バンドの黎明期を支えたリズム隊でございます。
70年代後半から80年代、90年代、2000年代・・・
もう達郎サウンドといえば、このお二人。

それでですね、今日はその黎明期の曲をですね、取り上げてリズム隊から見た達郎サウンドのベスト5といったら何ですが、ベストプレーですね、を解説して頂きたいと。
こういうように思っておりますが、福田さん・・

福田:

はい

植竹: 

達郎さんの曲で、どんな曲がすきですか?

福田:

もうなんといっても、クリスマス・イブ。
もう、あれ超えるの、たぶん私生きてる時に、クリスマス・イブに聴く曲で、ベタと言われても、もうあれ以上出てこないでしょう。

植竹: 

そこまで言う!

福田:

んん!

植竹: 

確かにね、あれはメロディーズってアルバムに入ってたんですけども。
その時は、全然、ま、アルバムの中の一曲ということで。
ところが、後で代理店の人が、あれに目をつけてて。

けど、僕もあのアルバムの中で、すごくいい曲だと思ったんですけど。
よくまあ目をつけて、例のJR東海でブレイクしましたよね。

もうあの曲はビング・クロスビーのホワイト・クリスマスみたいに毎年、かかるでしょう。
それまで達郎さんというのは、どちらかと言うとマニアックなファンに支持されてた。
それが、あの曲によって、凄く一般大衆に拡がったきっかけになった曲なんですけども。

さ、その曲は今回、含まれているか、どうかでしょうね!

はい! それではですね今回は、伊藤広規さん、青山純さんをお呼びしまして、リズム隊からみたベストプレー集をお送りしたいと思います。

それでは、伊藤広規さん、青山純さん、この後登場です。


◎スタジオミュージシャンとして

植竹: 

はい、それではご紹介しましょう。

ベーシストの伊藤広規さんと、ドラマーの青山純さんです。
宜しくお願いします。

伊藤広規:

宜しくお願いします。

青山純:

宜しくお願いします。こんばんは!

植竹: 

お二人は山下達郎さんの黎明期を支えたリズム隊。
ま、音楽ファンには有名でございます。
今回はリズム隊の目線から達郎サウンドを語って頂くという。

お二人に5曲選んで頂きまして。
自画自賛(笑)
達郎リズム隊、ベスト5を今日は・・・
ベスト5というか、順位を付けないで、とにかく5つ無理やり選んで頂きました。

こちらラジオニッポンでございますけども、旧ラジオ関東って言ったんですけども、いらしたことあります?

伊藤広規:

ラジオ関東は来たかどうか・・
その下のサウンド・シティというスタジオにはしょっちゅう行ってましたね。

植竹: 

それは達郎さんの・・・

伊藤広規:

もあるし、いろんな人のレコーディングです。

植竹: 

達郎さんで、何の曲を演ったかって記憶はないですか?

伊藤広規:

・・・何だったかは、ちょっと・・定かじゃないんですけども。

植竹: 

お二人はね、もうとにかく、青山さん!

青山純:

はい。

植竹: 

スタジオ仕事って、数えてどのくらいやってます?

青山純:

数えたことないですけど・・・

植竹: 

2000くらいやってますか?

青山純:

2000以上はやってますね、たぶん。

植竹: 

そうすると訳わかんないですよね?

青山純:

わかんない!

伊藤広規:

さっぱり(笑)

植竹: 

いやもう、とにかく80年代、90年代から、ずっとですね・・・
"えっ あの曲は?"みたいな。
実は、青山さん、伊藤さんが演ってた、なんてのがある訳ですよね。

青山純:

ありますね。

植竹: 

例えば、青山さん、どんな曲・・・
青山さん、叩いてた曲ってあるんですか?

青山純:

え、まぁ・・・
もう言っちゃってもいいと思うんですけども。

あの・・まぁ・・B'z
B'zの前半から中盤、アルバム「ルーズ」とか、そのへんまでは僕が演ってますし。

実は僕プリンセス プリンセス・・だったんですね。
プリプリは僕なんです、実は影武者として。

植竹: 

あのドラム?

青山純:

そう。

植竹: 

言っていいんですか?

青山純:

言っていいんです、それはもう。
もういんです。

植竹: 

伊藤さんは?

伊藤広規:

B'sも2,3曲演りました。
プリプリも1,2曲演りました。

植竹: 

なんかモンキーズの影武者みたいですね(笑)

伊藤広規:

そうそう、そんな感じ(笑)
あとはねぇ・・マッチとかトシちゃんとか・・

青山純:

アイドル歌謡も演ってましたね。

植竹: 

達郎さんのハイティーン・ブギとか

青山純:

もちろん、あれも演ってます。
ギンギラギンにさりげなくとか・・
広規だよね?

伊藤広規:

はい!

植竹:

私、放送作家で、トップテンでマッチと一緒に仕事してましたよ。
あ、そうですか・・・

といいうようなですね、歌謡曲からポップス、大人の音楽までですね、もう何でもやってらっしゃいますけども。

これ、奇しくも青山純、伊藤広規って、「あ、い」
あ行が並んでアレですけど。

青山純さんってご本名なんですって?

青山純:

本名ですよ。

植竹:

なんかちょっと女性の名前・・・みたいですね。

伊藤広規:

そういう人もいましたよね(笑)

植竹:

アダルトビデオの女優に・・・(笑)

伊藤広規:

いたんですよ(笑)
昔(笑)

青山純:

それはね、青山純っていうアダルトビデオの同姓同名の女の人が昔いたらしんですけど。
そのビデオはみたことないんですけど。

伊藤広規:

ククク(笑)

青山純:

あのぉ、雑誌に書いてあったのが、「某有名ドラマー、なにがしを想像して、なになにをしないで下さい」ってみたいなのが書いてあって。

植竹:

ハハハ(笑)

伊藤広規:

書いてあったね。

青山純:

ディレクターが僕のこと好きだったと思うんですよ、たぶん。
それで青山純って名前にしたんじゃないですかね。

植竹:

伊藤広規って名前も珍しい名前ですね。

伊藤広規:

伊藤はいっぱいいますけどね。

植竹:

広規って名前は・・・

伊藤広規:

最近流行ってますけど。
なんか、あっちこっちで。
友達のせがれも「コーキ」って名前付けちゃうし。
なんでそばに居るのに、つけるの、なんて・・・
多いですね。

植竹:

ベーシストの伊藤広規さんからとった訳じゃなくて?

伊藤広規:

いやぁ、漢字が違うんですけどね。

植竹:

お二人には、もう、もちろん達郎さんのツアーで、僕は拝見しているんですが、最近では御茶ノ水のディスクユニオンの方で去年(※2012年)の12月9日に『A*I』のアルバム、お二人のね・・・

トークショーがありまして、その時おじゃまさせて頂いて。
伊藤さんがですね、声が古舘伊知郎に似ているんで、ビックリしたんですよ。

言われることないですか?

伊藤広規:

いや、ないですね・・・

植竹:

ベーシストって、やっぱり声が低いんだなって思って。

伊藤広規:

いやぁ、別に全然・・・なんか、こう緊張してるんですよ。 

植竹:

それよりずっと前にネルソンプロジェクト、スイートベイジルで、六本木の。
一度拝見させて頂きました。

伊藤広規:

あっ、そうですか。


◎SPARKLE

植竹:

とにかく、このお二人・・・
ポップな達郎さんのアルバムやってらっしゃるんですけども、もうヘビメタファンが聴いても驚くような、バズーカ砲的なリズム隊!
これは世界級だと思っております。

その二人にですね、今日は達郎さんの・・・リズム隊からみたベスト5をご紹介して頂きたいんですが。

まずは、1曲めは「スパークル」
これは「FOR YOU」1982年1月21日にアルバムが出ました。
そのA面の一曲目でございまして。

これはもライブでは、必ず、頭に演られますけども。

伊藤広規:

お約束(笑)

植竹:

お約束ですね(笑)
これをやんないと・・・
これを、やんないケースってありますか?

伊藤広規:

いや、ま、ありましたけども・・・

青山純:

ありましたよ。

伊藤広規:

2曲目か3曲目にもってきたりして。 

植竹:

青山さん、別の曲って何ですか?

青山純:

「アトムの子」から始まったライブもありましたね。

♪~ジャン・ジャン・ジャン ジャン・ジャン・ジャンって。

植竹:

口ドラムでありがとうございます!

伊藤広規:

あと、ポケット・ミュージックから始まったのもあったね。
それは、良かったですね、一曲目・・・。

植竹:

そういう入り方もありますよね・・・。
まあ、ただ、定番はスパークル。

伊藤広規:

スパークルですね。

植竹:

これ、かっこいいアレなんですけども。
どうなんですか、ライブの一曲目って緊張します?

伊藤広規:

気持いいですよ、非常に。
始まった! イェーイって感じですよね。

青山純:

こっから3時間半が始まるんだあって・・

植竹:

やっぱりドラムの方が労働量多いですから(笑)・・

青山純:

いやぁ、多いですよ(笑)

植竹:

どうですか、伊藤さん、このベースの聞きどころって、やっぱり・・・

伊藤広規:

聞きどころは、聞いた通り、たまにしか弾かないところがツボですよね。

植竹:

何ですか?
その"たまにしか"って(笑)

伊藤広規:

♪~デデン! デ ツデデン
しか弾いてないですからね。

植竹:

なるほど、なるほど。
ただよく聞くと専門用語でグリッサンドって言うんですか・・・
音を切らないでグーッって、移ってますよね。

伊藤広規:

あぁ・・そういえばそうですね(笑)

植竹:

あれが結構、ツボです!

伊藤広規:

ああ、そうですか!
オクターブで一緒にずらすんで、あんまり聴かないなぁみたいな。

植竹:

伊藤さん、そんなにこう、派手に目立とう、目立とうってするタイプのベースじゃないんですけど、このスパークルに関しては、このグーッと、ね、音が移動するところが非常にかっこいいですよね。

伊藤広規:

そうですね、やっぱりニュアンスいい感じで。
数多くはしてないんですけども、いい感じで弾くのが得意です(笑)。

植竹:

青山さん、このツボというか、ドラムのどこを聴いて頂きたいという感じですか、スパークルでは。

青山純:

あのぉ・・・これ、もともとKISSのデトロイト・ロック・シティという曲がありまして。
そこをちょっと、パクってるっていうか・・・

元になってるのは、そうだよね?広規、ね。

伊藤広規:

そうそう、三つ巴なんですよ。
最初イントロ、ナイトフライトってのがあるでしょ。

♪~テレレ・チャン チャン チャン !って。

あれっぽいので入って、それで

♪~ジャジャ~ンってのはデトロイト・ロック・シティで。

ベースの

♪~デデン! デッ

ってのは、ケニーバーク(Keni Burke)っていう人がいまして、その人が割りとそういうパターンでやってたので。
これは変わってて面白いなって。

植竹:

ケニーバーク(Keni Burke)って、どんな方?

青山純:

ブリティッシュ・ソウルの人ですね。

植竹:

NITE FLYTE (ナイト・フライト) ってブリティッシュ系でしたっけ?

青山純:

あれはマイアミ、マイアミです。
♪~IF You want itって

植竹:

おりあえず、まず聴いてみましょう。

♪ SPARKLE

植竹:

今聴いてビックリ!
これ、ドンカマ使ってない!

ドンカマっていうと、分かりやすく言うと、どんなものですかね?

伊藤広規:

リズムボックスって言うんですかね。

植竹:

それを聴きながら、リズムを合わせていくっていうのが定番ですよね?

伊藤広規:

結構、そういう感じでしたね。
スタジオ録音はだいたいそういう感じで。

植竹:

そうですよね!
それを、これは使ってない。

伊藤広規:

ノリがなんか、イマイチ自由にならないんで、やめようって事にしたんです。

植竹:

これはちょっと・・達郎ファンのベース、ドラム、特に好きな人、ビックリな話ですね。

伊藤広規:

まだね、最初の方だったし。
後半は別に、リズムボックス入ってても、それを自由自在に慣れるようになったんだけど。

最初の頃はまだ縛られるのがイヤな時代で。

植竹:

目茶苦茶、正確に聴こえるんですけどね。

伊藤広規:

いやぁ、ない方が正確に聞こえますよ。

青山純:

そうそう!

ちなみにベスト5っていうかね、これ、ぱーっと見てクリックと一緒に演ったっていう覚えがあるのは、ないですね。

伊藤広規:

そうだね、全部ないね。

青山純:

全部・・・
これは、メリーゴーラウンドも全部、ドンカマなしですね。

植竹:

今日は、凄い・・あの・・深いとこに入ってきます。
嬉しいですね、こういう話が聴けると。

そうですか。
僕、てっきり聴きながらやってるのかと思ってた。

逆にそれだと、逆に正確にならない。

伊藤広規:

そう。
なんか、どっかでね精算しちゃったりして。
つじつま合わせようとしてる、なんか作為が見えちゃって。
イマイチなんですよね。

植竹:

FOR YOUのアルバムの中では割と最初の方に録った曲ですか。

青山純:

そうですね。

伊藤広規:

ほとんどもうリズム・ボックスは・・・
最初の2,3小節だけして、すぐ切っちゃって、あとはそのまま自分らのノリで、という事が多かったような。

植竹:

スパークルに関しては何回くらいで録りました?

青山純:

何回かなぁ?

伊藤広規:

3,4回は録らないよね。

植竹:

たった?

青山純:

そんなもん。

伊藤広規:

3,4回くらいですね。

青山純:

First Take is The BEST!なんで!

植竹:

スパークルは、もう絶対何回も演られて・・
誰かがちょっと、とちったりで・・

伊藤広規:

誰か、とちっても別に関係ないんでね。
そこだけ直しちゃえばいいという。
全体のノリがよければもう、それでOKで。

ロス行った時も、この曲は何回か演ったんですよ。

青山純:

あ、そうそう!

伊藤広規:

何回も録った曲で、結局一番最初に録ったコレが。

植竹:

これは、ロスで録ったんですか?

青山純:

違う、違う、違う!

伊藤広規:

こっちで録ったヤツですね。
ロスでも一応録ってみたって感じで。

植竹:

そうなんですか。

青山純:

SONYスタジオですね。

植竹:

日本で録ったものを生かしたんですか。

伊藤広規:

そうです、結局。

植竹:

贅沢な時代ですね!

伊藤広規:

いやぁ、録り方贅沢だよね、いつも。

植竹:

この時に使用しているベースは、伊藤さん、なんていうベースなんですか?

伊藤広規:

フェンダーのジャズベースです。

植竹:

これはフェンダーのジャズベースですか・・
もう、あのぉ・・伊藤さんと言えばマーシャルのベース・・
1992 Super Bass

伊藤広規:

銘柄は何でもいいんですけど、あの三段積みが好きで。

植竹:

青山さん、その時ドラムは?

青山純:

この時はまだパールの・・
パール社のエキスポートかな。
ファイバーのセットでしたね、黄色い。

植竹:

そのへんは、ちゃんと覚えてるんですか、やっぱり。

青山純:

覚えてますよ。
そのうち25才くらいになったあたりからソナーに変わるんですけどね、ドラムが。

植竹:

ドイツ製の。

青山純:

そうですよ。


◎達郎さんとの出会い

植竹:

なんだか凄い番組になってきましたけども。
嬉しいです。

なんかね、お二人が、まずそもそもですね、達郎さんにお会いしたきっかけって何なんですか?

伊藤広規:

えーと、まずは・・・
ちょうど何か関東の、関東在住のドラムとベースを探してるという、話がありまして。

それで村上秀一さん、それから吉田美奈子さんと丁度その頃一緒に演る機会があって。
その二人から紹介で。

植竹:

その前はポンタさんでしたか?ドラムは。

青山純:

そうです、そうです。
ポンタさん、岡沢章さん。

植竹:

「関東で」ていうのは何なんですか。

伊藤広規:

田中くんと上原’ユカリ’裕さんが演ってたんですけども。

植竹:

田中章弘さん

伊藤広規:

はい。
そこらへんは良くわかんないんですけども。
関東で、何か固めたい、みたいな。

青山純:

拘りがある人なので、山下さんは。

植竹:

江戸前の・・・

青山純:

そうそう、山手でも下町でもいいんですけど、とりあえず東京の人間で自分のバンドは固めたい、みたいな意向があったみたいですよ。

植竹:

あとで話が出ますが、青山さんは東京でも山手。世田谷。

青山純:

山手です。
ボンボンです(笑)

植竹:

伊藤さんが下町。
シャキシャキ!

伊藤広規:

そうです。

植竹:

で、とにかく江戸前で作りたいという山下さんのアレで。
どこでお会いしたんですか?

伊藤広規:

最初会ったのは・・・

青山純:

原宿のラフォーレ。
美奈子さんが媒酌人というか(笑)

植竹:

美奈子さんもいたんですか?

青山純:

いましたよ。

植竹:

ど、どいう感じだったんですか。

青山純:

とりあえず達郎氏が来て、こんにちは、どうのこうのって・・・話で。
「君たちはどんな音楽を聴いてるんだ」って話になって。

植竹:

あっ、その前に、ごめんなさい。
伊藤さんと青山さんってお知り合いだったんですか?

伊藤広規:

その時はもう知ってました。

青山純:

もう知ってました。

植竹:

それで確か、パレフランスですよね、喫茶店。
今あるのかなぁ

青山純:

もう、ないんじゃないですかね。

植竹:

それは年代で言うと70年代後半ですか。

青山純:

一番最後の方じゃないですかね、70年代の。

伊藤広規:

78,9年とか、かなぁ・・・

植竹:

もちろんその前に、伊藤さん、青山さんは達郎さんの存在は知ってたわけですよね。

伊藤広規:

もちろん知ってました。

植竹:

シュガーベイブの頃から知ってるんでか。

伊藤広規:

シュガーベイブはあまりよく聴いてなかったんですよ。

植竹:

青山さんは?

青山純:

あのぉ・・・丁度FENラジオかなんかで、広規の車かなんかに乗ってる時に、WIND LADYがかかって、曲が。

日本人でも、こんなに素晴らしいシンガーっていうかアーティストがいるんだなって思ってたんですね。
それが初めて聴いた時ですね。

僕もシュガーベイブは後の方になって、逆に後になってから、あ、なるほどダウンタウンって、こういう曲があるんだって。

植竹:

あれはファーストアルバムのベースはWill LeeでドラムはAllan Schwartzbergの、あのかっこいいヤツですよね。

青山純:

そうそう、ソロアルバムですよね。
Allan SchwartzbergのWINDY LADY すっごい、めちゃくちゃスゴイですよ!

植竹:

ドラムのAllan Schwartzbergのパワーな感じって・・

伊藤広規:

すごいですよね。

植竹:

青山さん、ちょっと感じるものありますよね。

青山純:

結構、影響受けましたね。
あのアルバムを聴いて。
ニューヨークサイド。

植竹:

すいません、あっちこっち飛んで。
で、お会いしました、まず第一印象どんな感じですか、達郎さんの。

青山純:

いやぁ、やっぱ"キング・オブ・オタク"だなって感じ(笑)
しましたよね。

伊藤広規:

あと・・すごくね、こう・・
なんていうの・・
思ったよりも気さくな感じで、
いろいろ話せた感じかな。

植竹:

当時、どちらかと言うと、シュガーの頃かな、とんがってるイメージがあったんですよ。

伊藤広規:

なんか、そういうのは全然感じなくて。
面倒見がよさそうだなっていう感じがしました。

植竹:

青山さん、オタクっぽいっていうのは、どういう事ですか。
音楽的な話ですか・・

青山純:

音楽的な話をしてて・・・
すごいマニアックで、ブルー・アイド・ソウルにこだわってるとか、自分は黒人のアカペラとか、そういうのをやってるとか。

そういう話を、そこの現場でいろいろ話を聞いてると、この人はマニアっていうか音楽漬けの人だなぁってことを感じたっていうかね。

植竹:

伊藤さんより1才上ですよね。

伊藤広規:

そうです。

植竹:

青山さんより4才上で・・

青山純:

そうかな?

植竹:

で、なんかお二人と「君たちはどんな音楽が好きなのか」というような話になって、ちょっと達郎さんがドン引きしたという話がありますが(笑)
それはどういう話でしょうか。

伊藤広規:

それは、フランク・ザッパとラリー・グラハムが好きだと言ったら、それだけ言ったんだよ。
「エッ?」って。

青山純:

僕はジェネシスのコピーバンドやってましたみたいなことで、高校生の時に。

植竹:

なのに、やっぱりザッパあたりが引っかかったんですか?

青山純:

そうですね。

伊藤広規:

そうみたいですね。
こいつは普通じゃないと思ったんじゃない?

植竹:

それでどうしてメンバーに・・・
ちょっとドン引きしたのに(笑)

伊藤広規:

まぁ一緒にピットインで演ったりして、ポンタセッションの時に。
それで、何かいい感じだったんですね。

植竹:

まずなんか、リハーサルっていうか音合せみたいなのはあったんですか?

青山純:

原宿のパレフランスでの結末というのは「じゃ、とにかく一回一緒に音を出してみようじゃないか」っていう話になって。
赤坂のフェイルグリーンという忘れもしないスタジオで・・・

狭いちっちゃいスタジオに難波さんとギターの椎名さんが来て、僕と広規と4リズムで、達郎さんが一緒にやるということになった訳なんですよ。

で、それで譜面がどんどん出てくる訳なんですよね。

で、ことごとく皆、僕も広規も好きだったんで、そういうのが。
クリアしていった訳ですよ。
それが、驚いたらしくて。

植竹:

それは達郎さんの曲ですか。

伊藤広規:

そう。

青山純:

ぞうです、そうです!

植竹:

事前に音源は渡されてたんですか?

伊藤広規:

全然

青山純:

いや全然。

植竹:

もう知ってた?だいたい。

伊藤広規:

いや・・・知りません。

植竹:

エ~っ!!

伊藤広規:

パターン簡単なんで、そのまま演ってればいい感じで。

植竹:

事前準備とか(笑)
聴いたことはないんですか(笑)

伊藤広規:

だいたいワンパターンなんで。
すぐ出来ちゃうようなヤツばっかりだもんね。

植竹:

そんな事はないと思うんですけど(笑)
それでやってみたら・・・

伊藤広規:

なんか今までと違って、どのジャンル、どの形でも出来るっていうんで、相当気に入れられたみたいな。

植竹:

バラードもやってみた・・

伊藤広規:

バラードもね・・・なにしろ達っつぁんのバラード、潮騒とか、あれいい曲だよねぇってさんざん言ってて・・・
「あんた達、変わった人ですね」って(笑)。

いつも、叩けばもう、演奏するのはファンクばっかり、その頃バキバキやってたんで。
それで好きなのがバラード?とか言われちゃって。

青山純:

「あんたいくつだ」って言われたことがあって。
"21です"とか言って。
「どうしてこんな曲叩けんだ!」とか言われて。

あの、♪ ジン・チ・チ・クカッ・・・ドンドン

好きだったんで。
自然に普通に刻んで。

植竹:

今の潮騒ですか?

青山純:

違います。今のは「マンデーブルー」で、ハチロクのヤツですね。

◎メリー・ゴー・ラウンド

植竹:

それでは2曲目行きましょうか。
次はメリー・ゴー・ラウンド。
これはメロディーズに入っていますね。

これ1983年6月8日に発売されたメロディーズのB面の一曲目ですが、まずは聴きましょうか。

♪ メリー・ゴー・ラウンド

これは青山さん、どのへんが自分としては・・

青山純:

もうこれは、もう・・・
何て言うんですかね、ファンク?
で、コード・プログレッションがアイズレー・ブラザーズみたいな。

それで広規のこの、ブチ叩いてるファンクなベース。
まずアタマから来るっていう。

伊藤広規:

ファンクでこの音聴いたことないよね。

青山純:

ない、ない、ない・・・

植竹:

これはだって・・・

青山純:

重戦車が動き出してる感じ!が一番聞きどころかな。

植竹:

ライブでもう、スパークルもいいけど、こっからいってもいいかなみたいな。
これ、伊藤さんどうですかベースの聞きどころというか。

伊藤広規:

いやぁ、気持ちいいですね!
とてもそれや、非常に!

植竹:

今、おっしゃってましたけど、初めの頃歌が入ってなくて。

伊藤広規:

え、リズムだけから作った曲なんですよ。
「頑張ってメロディー作って来るから」って(笑)

ただ、さすがメロディーメーカーだなって思った。

◎質問

植竹:

ちょっと私のですね・・・お二人が来るってことでベースとドラムのお二人のファンの方からアンケートを色々聞いてですね。
こういう質問があったんです。

『メリーゴーラウンドのドラムは一切クラッシュ・シンバルがなくて、唯一後半にカウベルが鳴ってますが』

これ合ってます?

青山純:

いやいや、クラッシュ・シンバル、入ってますよ。
カウベルはあとからダビングしたと思うんですけど。僕がね。

植竹:

すいません、これ間違いです(笑)
私の友達で小林君というベーシストがですね、JOYのライブのCDでメリーゴーラウンドのベース・ソロの前に、ブーンって音が入る。これはペダルでしょうか?って(笑)

伊藤広規:

ソロの前にブーン・・・?
間違って踏んだのかな、それ。

ブーンはやった覚えがないけど・・
したのかも、しんないけども・・

んん、判りません!すいません!

植竹:

とんでもないです。
メリーゴーラウンドでございましたけれども。

山下達郎さんって、そもそも吹奏楽でドラムを叩いて・・だったんで・・
青山さん、ドラムに対してめちゃくちゃ注文厳しいとか、どうなんですか。

青山純:

譜面をもらって、タイトルまだついてないM1とかM2とか書いてあって。
その横に・・・彼の音楽っていうのは様式美って言われてますけども、今のメリーゴーラウンドだったら・・・

♪ ダーッダーッダ・ツ・ダ テ
  ダーッダーッダ ダダタ タンタン

ドラムが
 
♪ ドンツ・チャン ドンツ・チャン

もう一貫して黒人の音楽をなぞるような、ほんとにそのままで。
ベードラが、1,2,3,4を踏んで、スネアが2拍、4拍で、ハイハットが8分で、ブツ・ブツみたいな。

そのパターンが譜面の横にちょこっと書いてあるんですよ。
基本パターンということで。
それを参考にして、あとは一切細かいことは書いてないんですよ。

コードの移り変わりを書いてあって、ダル・セーニョしてダ・カーポしてとか。
あとは構成だけをみてればいいんで。

メリーゴーラウンドに関しては、ほんとに広規の

♪ ダーッダーッダ・ツ・ダ テ
  ダーッダーッダ ツタ タンタンタン

もう、これで決まりですよね。

ドラム的に言えば、ほんとに単純に

♪ ドンツ・チャン ドンツ・チャン
ドドトンとか入れない。

もうほんとにシンプルです。

植竹:

あれですか、例えばプリプロとかで作ってきたりってないんですか?

青山純:

ないですね。

植竹:

こんなふうにしてくれとか、ないんだ。

伊藤広規:

その場で。

植竹:

その場ですか。

伊藤広規:

ま、レコーディングの練習みたいのは、ちょっと演った時もあったりあして。

植竹:

練習?

伊藤広規:

え。そのレコーディングのパターン決めるんでみたいな。
でも、そういう曲があったり、また、これはその場で、こういうパターンで演ってくれって言われて。

"あいよ~"って感じで(笑)

植竹:

伊藤さん、ベースに対しては、どの程度こう注文っていうか、こうして下さいとかは、どの程度するんですか。

伊藤広規:

ほんとに大雑把な
♪デンデン・デンデン
とか。

♪ テンテンテン・ツ・テン・テンテンテンとか。

植竹:

口で言うんですか?

青山純:

口で、口で。
口で伝えるのが多いですよね。

植竹:

例えば、音色とか、そういう指定とかあるんですか。

伊藤広規:

たまにね、曲によってはピックでやるか指で弾くか、親指で弾くか、その叩く方にするかっていうのは、たまに・・・
「どうしてみようか」って話したりするんですけど。

普通、いつの間にか、これがいいやって思って、それ、自分で勝手に思って決めちゃって。
やったりしてます。

何かあれば、言ってくるだろう、みたいな。

青山純:

あと、これ余談なんですけど。
エンジニアが吉田保さんていう方がいらっしゃって、彼が卓の前で座ると、ドンピシャでその音になるんですよね。

さっき、重戦車って話が出たんですけど、現場のほんとの生音でメリーゴーラウンド聞いた場合は、もっと凄いわけなんですよ。
ライブを聴いた人は、そう思うかもしれないけど。

山下達郎って、夏だ・海だ・山下達郎だって、リゾートのおしゃれな音楽とか言われてるかもしれないんですけども、実は現場は、さっきスパークルがデトロイト・ロック・シティだったとかなんか、そういう話したでしょ。

あのぉ・・ロックのエッセンスがものすごい現場では出てるんですよね。

それで、それを吉田保マジックで録音されると、こういうおしゃれな感じに出来上がってきたと思いますよ。

伊藤広規:

野蛮な感じが出せるところが凄くこう・・
達郎さんの曲っていうのがメジャー7とかなんで、そこでそれなりの音出しちゃうと、なんか軽くなっちゃう。

気持はレッド・ツェッペリンを演奏してる感じ。

植竹:

お二人、伊藤さんと青山さんって、おそらくバンド合戦みたいのでヘビメタの連中と戦って楽勝に勝てますよ(笑)

伊藤広規:

まぁ ハードロック系ですよね。

植竹:

魂はそうですよね(笑)

青山純:

そうですよ!基本は。

◎ふたり

植竹:

続きまして、次はいよいよバラード「ふたり」ですね。
これもFOR YOUに入ってA面の最後。
これ名曲ですけども、このへんは伊藤さん、「ふたり」に関しては・・・

伊藤広規:

今でもはっきり覚えてるんですけど、ピアノ佐藤博、サックス土岐さん、あとは青山、オレ、達郎、5人で録ったんです。

青山純:

よく覚えてるね。

伊藤広規:

それで、雰囲気すごく良かったの、あの時。
もう始まった時から。

で、途中ね、遅くなるんで、これはリズム・ボックス使えないからって、これ1発録りっていうふうにいって。

"いいんじゃな~い"っていう感じで(笑)

それで、録ったままの雰囲気が出てて、これはすごく良く覚えてます。

植竹:

これ、亡くなった佐藤博さん、もうイントロからピアノ、素晴らしい、これ。
だけど、これもドンカマは使ってない?

伊藤広規:

使ってないです。

植竹:

だけど、このゆっくりさなテンポで、テンポをキープするって、すっごく難しいでしょ。これ。

伊藤広規:

やっぱね、全員グルーブ感あるので、全然問題なく自然と流れて。
ほんとに、もうこの場に参加できて、オレは嬉しいと思った!

植竹:

そういう感覚って、あるんですね。

伊藤広規:

ここで出来るオレは幸せものだなぁと。

植竹:

青山さん、覚えてらっしゃいます?

青山純:

なんとなく。
なーんとなくね。
土岐さんがいたのは、よく覚えていますよ。

これも六本木のソニースタジオだよね。

伊藤広規:

そう。

植竹:

佐藤博さんの印象ってどうですか。青山さん。

青山純:

佐藤さんは、僕達にとっては師匠にあたるので。
あのぉ・・・
独特の・・・
感じを・・・
納得いくまで。

僕達がOKテイクを録ったあとでも、また何べんも何べんもトライしてる姿をずっと見てたんですけど。

植竹:

とても二十歳超えてからピアノをやった人とは思えないですね。

青山純:

思えないですね。

植竹:

それでは聴いて頂きましょう。
山下達郎さんの「ふたり」です。

♪ ふたり

植竹:

なんか、聴き入っちゃいましたね・・・

青山純:

聴き入っちゃいますね。

植竹:

このまた、吉田保さんがね、いい・・アレしてますね、これ。
いい音。

伊藤広規:

いやぁ・・・なんかね、びっくりしたね。

植竹:

他人事みたいに(笑)
そういう感覚ってありますでしょ?
いい演奏した時って。

あらためて聴いて自分じゃないんじゃないかって(笑)

伊藤広規:

いいですよね~。
もう、誰だろう?と。

◎ 達郎バンド

植竹:

達郎バンドっていうのは、リハーサルって多いんですか。

伊藤広規:

それはレコーディングに関してですか?
ライブに関してですか?

植竹:

例えばレコーディングに関しては。

伊藤広規:

リハーサルはほとんど無いです。
もうその場で演ってます。
下手すりゃ2回目で録れちゃったりして。

でもそれじゃ満足できないから、あと2回録ろうって。
3テイクとって、選ぶのに3時間かかったりとか。

青山純:

チョイスするのがたいへんで。

植竹:

ライブは長いんですか。

伊藤広規:

ライブのリハーサルは、もう2週間以上、しっかり取る感じ。

植竹:

1日に何時間くらいやるんですか?

伊藤広規:

まぁ、6時間くらいかな。

植竹:

例えば、そういうのって事前に自宅で(笑)練習していくってことないんですか。

伊藤広規:

レコーディングでもやったし、それでライブ、一緒にやってから長いんで、始まればすぐ出来ちゃう。

一応録音、録って、必ず。で、家で聴いて感じをチェックすることは、それはもう、しますけども。
練習の音をチェックするくらいですかね。

植竹:

青山さんもそうですか。

青山純:

そうですね。

伊藤広規:

昔、最初の頃は"ああしようぜ、こうしようぜ"って、"こうやったら面白いんじゃない"とか、色々策練ったりして。

ノリのニュアンスとか、そいうのを昔は結構厳密にやってましたね。
だんだんそれが、もうなんか・・
あとはテキトーって(笑)
こんな感じ~みたいな(笑)

最初は跳ねてみようとか、跳ねないでやってみようとか、最初何年かはずっと、それでやって。

そのうち、跳ねる、跳ねない・・
ん~テキトーって(笑)

植竹:

つまり、ある日からもう達郎さんは、こういうもの求めてるって、だいたい判ってきちゃうんですかね。

伊藤広規:

そうでうね、もうなんか、こういい感じってのはもう、曲からも呼ばれるし、自分で思う所を勝手にやってると、それがマッチしてるんで。

たまたまいい感じになってる。


◎ こだわり

植竹:

伊藤さんのベースでお馴染みの、あのバンダナをベースに巻いてらっしゃいますけども。
あれは、何ですか・・
立川談志師匠がよくバンダナをしてましたけども(笑)

伊藤広規:

ストラトキャスター持ってまして。
それ友達の家に貸した時に、ある日そのストラトの頭に赤いバンダナが巻いてあって。
"あっ可愛いな"って思って。

それから巻くことになったんです。

植竹:

もうね、それは伊藤さんといえば、バンダナをベースに巻いてるみたいな感じが。

伊藤広規:

あれは一発で一目惚れしちゃって。

植竹:

たくさんバンダナ持ってらっしゃる?

伊藤広規:

最近、いろいろチャリティーでバンダナ発売してるし。
1枚2千円以上ということで。
ライブのたびに、いつもお客さんに買ってもらってます。

植竹:

青山さんは、そういう拘りってあるんですか。

青山純:

あんまりないですね、僕は。

伊藤広規:

5月5日の時は、鯉のぼりが立ってたりしてたけどね。

植竹:

拘りあるじゃないですか(笑)

伊藤広規:

それ、スタッフが勝手に鯉のぼり立てちゃって(笑)

植竹:

ドラムって、ペダル使いますから、靴の拘りは・・

青山純:

ある、ある、ある、ある!!
今は、何でもいいんですけど、若い頃は六本木の「大中」ってところがあって、今はもうないですけど。

カンフーシューズがなんか、ペラペラのね。
それで、流行ったんですよ。
スティーブ・ガッドが、それみたいなの履いてるって、そんな流れから、ポンタさんや、渡嘉敷さんがカンフーシューズ履いて叩くみたいのが流行って。

だけどもう、やってるうちにカンフーシューズだと結構疲れるんですよ。

植竹:

じかに当たるから。

青山純:

そう、じかに当たるって感じで。
裸足に近い感覚なので。
それよりも、僕はもうちょっと靴底のソールのところが、厚い・・
だからレーシングシューズみたいな、適度に滑ってくれて適度に止まる感じ。

そういうのが一番良かったんですけどね。

植竹:

今は例えば、ナイキじゃないとダメだとか、そういうのはあるんですか。

青山純:

いや、別に今はないですが。

植竹:

運動靴みたいなものですか。

青山純:

そうですね。

植竹:

伊藤さんは別に靴は、ないですか(笑)

伊藤広規:

履きやすければ、何でも(笑)


◎ アクシデント!

植竹:

お二人、もう完璧な演奏なさてるんですけども。
とわ言え人間です。
ツアー中にですね大失敗したことってないですか(笑)

伊藤広規:

ありますよ。

植竹:

小失敗でもいいでんすが。
伊藤さん、ちょっとプロの過ちをちょっと教えて頂けませんか。

青山純:

違うキーから入っちゃったってのが、広規が。

伊藤広規:

あるある。

植竹:

なんの曲?

伊藤広規:

ドーナッツソングみたいな曲とか、後ろバックやりながらしゃべる時があるじゃないですか。達郎さんが喋りながら、うしろバッキングで・・

MCしてる時に、その曲のキーと全然違うキーで入って。

なんか向こうの方が騒がしいけど、どうしたんだろうなって。
あっ!ちがうじゃん、キー!って。

まだ喋ってるうちに、グングングンって変えて。
戻った戻った!これでOKみたいな。
間に合った~って。

それとあと、メリーゴーラウンドのイントロで忘れもしない、あの札幌の厚生年金。

♪ ドラッ・ダ・ウーン ダーッダーッダ ダッダ

って入るんですよ。
その、

♪ ドラッ、ダ

っていう、すぐウラのやつを外しちゃったんですよ。

二人で3つづくくらい、互い違いに音出して。
"止め―止め―"ってなった事が一回あって。

植竹:

止めたんですか?

伊藤広規:

止めました。
多少のズレはなんとかなっちゃうんですが、あそこまでずれちゃうと、もう立て直しのしようがないんで。
二人で3つづつ音出して、止めて。

植竹:

二日酔いだったんじゃないですか(笑)

伊藤広規:

いや、ぜんぜん!たまたま!
♪ ドラッ、ダ・ウーン の
♪ ドラッ、ダ を外しちゃって。

"止め―"って

植竹:

青山さんはあります?

青山純:

僕も、それが一番印象に・・
メリーゴーラウンドのアタマを失敗したっていう。
それ以外は、そんなに・・
個人的にはチョコチョコとあったかもしれないけども。

大ウケして、アタマが合わなくて。
深々とお客さんに頭下げたんだけど、オレは悪くない!オレは悪くない!広規が悪いんだって指さして、ステージで本番中に。

”広規だ!広規だ!”って言って。

♪ ダ・ト・チ ダ・ト・ダ・・

みたいな。

伊藤広規:

3つくらい違って。

♪ ウーン ド・ダ・デ・・・

あぁダメだぁみたいな。

植竹:

もっと単純に、遅刻していらしたとか、そういうのあるんですか。

伊藤広規:

それはありましたね。
福山っていうところで・・・

青山純:

今はもう、伝説ですよ(笑)

伊藤広規:

福山の公演の時に、三軒茶屋の家で4時に起きたんです。夕方の。

植竹:

えっ?何時から公演なんですか?

伊藤広規:

6時半ですね。

植竹:

福山って・・・

伊藤広規:

広島のちょっと手前のとこですか。

植竹:

どうなったんですか?

伊藤広規:

4時に起きたけどね・・・
"まてよ、0.3秒海外逃亡"って考えたんだけど、今はできるだけのことをやろうと思って、すぐ電話して。

そしたら5時発の羽田発ありますので、それに乗って下さいって。
それが、たまたま間に合って、5分前。

飛行機、止めてる人がいて、偶然。
で、向こうに着いたのは、もう6時なんですけど、そこからタクシーで1時間半かかるんで、始まったのは7時半からになってしまったんですけども。

青山純:

で、山下達郎が山下達郎の前座をやるっていう。

伊藤広規:

一人で。

植竹:

一人で?
ギター一本?

青山純:

ピアノとエレピ弾いて。

植竹:

青山さんは、そういうのないんですか。遅刻・・・

青山純:

オレは、遅刻はないですね。

植竹:

伊藤さんは一回だけですか。

伊藤広規:

そうですね。
細かい遅刻はなんだかんだとありましたけども、だいたい大勢に影響ないっていう感じで。
大勢に影響あったのは、それが・・・

植竹:

全く来れなかったっていう訳じゃなくて。
ギリギリ。

伊藤広規:

寸前ですよ。

青山純:

で、そのライブがね、終わって・・・
広規がお客様の目の前に出て行って、土下座してたんですよ。

ところが、お客さんは楽しめたわけですよ。
達郎ライブ行って、オマケがついたから。

そのあとインターネット上では”伊藤さん、最高!”とか、そういう話になってて(笑)
達郎さんが「全く、もー! ふざんけんな」みたいな(笑)感じになって。

植竹:

伊藤さん、遅刻はたまにした方が・・(笑)

伊藤広規:

いやぁ、もうね、遅刻はやっぱりよくないですよね。
基本的に。
でもね、そういうことがあるお陰で全部前乗りで。

たまに前乗りないと"まだまだ余談許さないよね"って脅かして(笑)
普通、逆ですよね。

◎ 楽器

植竹:

たとえば、ライブの時って、青山さん、ドラムのスネアとか破けたとか、そういうことはないでしょ?

青山純:

ありますよ。
大昔、舘ひろしのバックをやってる時に・・

植竹:

舘ひろし! 「泣かないで」

青山純:

「泣かないで」の出る前に。
ベードラが、バスドラムがペダルが、ビーターがべリッって入って。
抜けなくなっちゃった、みたいになって。

で、たまたまその時、前座のアマチュア・バンドがいたんですよ。
それで、急遽そのドラムセットをチェンジして。
あれいなかったらアウトでしたよ。

それぐらいかな。

あと、スネアが破れたとか、そんなことはないですね。

伊藤広規:

ハットが一回壊れたことあったよ。
そしたら大道具さんがね、機転きかせて直してくれた。

植竹:

さすがに、ドラムって予備は持ってこないですよね。

青山純:

オレは持ってないですね。
スネアの予備とか、ペダルの予備とかは持っていきますけども。
足回りとね・・・

伊藤広規:

最近はカーボンの予備は、一応持って歩いてるよね。

植竹:

伊藤さんはベースって、ツアーの時に何本持っていくんですか。

伊藤広規:

一応、もう一本、用意してくれてるんで。
それで。

植竹:

ベースの弦切れたことってあるんですか?

伊藤広規:

あります。
サンプラの時にね、2本切れた!
ソロ弾いてる時に1本切れて、まぁ3本でなんとかなると思ってたら、もう1本切れて。

ソロだから音程関係ないし・・みたいな感じで(笑)
もう全然関係ないですね、ソロの時は。

植竹:

それ、通したんですか?

伊藤広規:

一応、もう・・・
最低1本張ってあれば、なんとかなっちゃいますもんね。
全部切れちゃったら、もうアウトですよ(笑)

植竹:

もう凄い・・
ドラマー、ベーシストになりたい人が聞いてるんで・・
ベースの弦ってどれくらいおきに変えるもんですか。

青山純:

変えないよ~ この人は(笑)
オレも変えないけどね、大概、ドラムヘッドは。

伊藤広規:

最近はでも、半年、1年では変えてるかな。

植竹:

結構じゃないですか!それ(笑)

伊藤広規:

でもね、音がこもったりした場合は変える。

植竹:

割と大雑把に・・

伊藤広規:

大雑把、なるだけ変えない。
コンディション、すごく変わっちゃうんですよね。
弦変えると。

いい時もあれば、悪い時もあるんで、悪い時はすぐ変えちゃう。

植竹:

参考になりますね。
それぐらい、大きく考えていいってことですね。

伊藤広規:

そうですね。


◎ THE WAR SONG

植竹:

さ、続きまして「THE WAR SONG」
これはライブ盤です。
1989年11月1日に発売されたJOYからですね。

WAR SONG、これは・・
青山さん、聞きどころは。

青山純:

これはもう、とりあえず重戦車が・・・
まさにそうですね。

伊藤広規:

途中のSEの音が凄いんですよ。
SEの音が、上から下まで、たっぷりあって。

そのあと、うちら演奏する音、狭いんだけど・・
エイッって根性で、それに負けないプレーをしてるところが、これは聞きどころですね。

植竹:

じゃ、これは正に今、青山さんおっしゃいました重戦車・・
なんかアフリカ部族の太鼓みたいにも聴こえるんですけど。

いい意味でワイルドの。
あれ、スネアは1本で叩いてますか?

青山純:

1本ですよ(笑)

植竹:

2本で、叩いてる箇所はないですか?

青山純:

たまに、タムと一緒にスネアを叩く場合がありますけども、このWAR SONGに関しては、あんまり記憶にはないですね。

植竹:

はい、それでは聴いてみましょう。

♪ THE WAR SONG

すごい、ド迫力でございますけれども。


◎ プラスティック・ラブ

植竹:

続きまして、プラスティック・ラブ。
これもライブ盤ですね。
1989年11月1日発売されたJOYです。
JOYからの曲でございますけども。

これは竹内まりやさんの曲ですよね。

伊藤広規:

そうです。

青山純:

そうです。

植竹:

これは、アレンジ的には同じですか。

伊藤広規:

同じです。

青山純:

同じだよ確か。
キーが違うんだよね。

伊藤広規:

キーも結局ね、同じになったの。

植竹:

これは、青山さん、どのへんを・・
ドラマーとしては聴いていただきたいですか。

青山純:

これは、片手16で、チキチキ・チキチキ刻みながら・・
下が「移民の歌」っていうか

♪~ドントト タトン・ト ドントト タトン・トってね。

ツェッペリンは、ほんとは

♪~ドントトタトン ドンドド タトン

なんだけど。

達郎さんがレコーディングの時に
『青ちゃん、こういうの出来るかなぁ』って。
『片手・・右手は16じゃなくて、両手でチキチキ・チキチキやりながらでいいから』
ったら、僕が『えっ、こう?』って片手でチキチキ・チキチキできちゃったんで。

それで足が『移民の歌』って言われて。
「あっ わかった!』とか言って
♪~ドントト タトン・ト ドントト タトン・ト

『OK,OK,OK じゃそれでいこう!』
みたいな感じになったんですよね。

植竹:

伊藤さん、これは・・
どうですか、ベーシストとしては。

伊藤広規:

いやぁ 気持ちいいリズムですね。非常に。

植竹:

これは竹内まりやさんの曲なんですけども、非常に達郎さんっぽいですよね。

伊藤広規:

そうですね、アレンジは達郎さんなので・・・
『移民の歌』じゃなくて、これはどっちかというと、ミニー・リパートンの・・・なんとかって曲の感じにしようって言ったら、なんか『移民の歌』っぽくなっちゃった。

植竹:

「パーフェクト・エンジェル」?
じゃなくて・・・いや、違うな・・

伊藤広規:

♪~ドゥン トゥ ドゥン トゥ ドゥン

っていうパターンなんだけど。
いい曲なんですよ。

それが、

♪ ドン・ドドン ド ドトンになったんです(笑)

植竹:

それでは聴いて頂きましょう。

♪ プラスティック・ラブ


あのぉ、どうですか、この・・・お二人で、ドラマー青山純、伊藤広規ベーシストを、お互いに評価しあうってのもおかしいんですけども。

達郎サウンドにおいて、どういう風にみてらっしゃいますか。
伊藤さん、青山さんのドラムって。

伊藤広規:

・・・いや、もう・・・
バッチリで申し分ありません(笑)

青山純:

左に同じです(笑)。

植竹:

今日はですね、ほんとにもう、イッパイイッパイ。
こんな番組なかったと思うんですけど、おそらく(笑)

青山純:

マニアックな話でしたね。

植竹:

これはもう達郎バンドのファンの方は、今日は大満足でアレだと思うんですけど。

いやぁ盛り上がりましてですね、今日はですね、山下達郎バンドのベース、ドラム、伊藤広規さん、青山純さんでですね、リズム隊からみた名曲、達郎サウンドを分析しましたけれども。

これで話が盛り上がりすぎてイッパイイッパイ。
で、もう次回やりましょう!

次回はですね、いかにして伊藤さん、青山さんがですね、ベーシスト、そしてドラマーになられたか。

そして実は、もちろん達郎サウンドだけじゃなく、2000近く、以上のスタジオをこなしております。

あんな歌謡曲もやってるの?
あんなポップスもやってるの?
ちょっと驚くようなバッキングをやっております、ステジオでですね、レコードの。

レコードの時代からCDの時代まで、そのへんをですね、謎をですね、バッチリ解いていきたいと思いますので、次回もまた青山純さん、伊藤広規さんに出演して頂きます。

宜しくお願いします!


◎ エンディング

伊藤広規:

今夜はベーシスト、伊藤広規と

青山純:

ドラマー、青山純がお送りいたしました。

植竹:

今日はですね・・・

青山純:

盛り上がりましたね。

植竹:

盛り上がってしまいまして。
この分だと、もう1本録らないとどうしようもないだろうと、いうことで。
次回、早々にやらせてください!
お二人に。

青山さんって、息子さんもドラマーなんですって。

青山純:

そうなんですよ!
次男坊の青山英樹っていうのがJAM Projectっていうアニソンのバックバンドでドラム叩いてます。
国際的に活躍してまして、今。

植竹:

で、もう一人・・・
友樹さんも。

青山純:

友樹もやってるみたいですけども・・
友樹のドラムは、そんなに聴いたことないですけども。
しばらくツイン・バスで、ツイン・ペダルじゃなくて、ツイン・ベードラ。

伊藤広規:

ツイン・ペダルじゃなくて、ベードラふたつ。

青山純:

もろ二つ。

植竹:

昔のGSのバニーズみたいな(笑)

青山純:

そうそう!

植竹:

ってことは、家にドラムだらけじゃないですか!

青山純:

そうみたいですよ。

植竹:

今は一緒にお住まいじゃない?

青山純:

じゃない、じゃない、じゃない!

植竹:

すごいですね、ドラマーが3人って!

お知らせ・・がですね。
まず、青山さん、今後の予定、入ってますか、いろいろ。

青山純:

今、ちょうどMISIAの15周年記念、星空のライブ・ヘブンっていうので全国各地を飛び回っておりますので、ま、そちらの方を。

植竹:

7月にはハワイ公演も?

青山純:

あるみたいですね。

植竹:

MISIAさんっていうのは、ドラムを後ろで叩いてて、どうですか。

青山純:

いやぁ、ほんとすごいシンガーですよ!

植竹:

歌、上手いですよね。

青山純:

あの、ちっちゃい体から、なーんであんなにパワフルな声が出てくるのかは不思議なくらいですね。

すごいですよ。
ソウルですよね。

ソウルフルですね。

植竹:

伊藤さんは、実は・・いろいろあるんですね。

伊藤広規:

18日に新橋ZZというライブハウスで伊藤広規セッションで達郎の曲をアマチュアの人と楽しむライブがあります。

植竹:

これ、結構、たまにやるんですよね。

伊藤広規:

たまにやってます。
3,4ヶ月に1回くらいやってます。

植竹:

達郎さんのナンバーを、いわゆるアマチュアの方と一緒に。

伊藤広規:

そうです。
盛り上がるんですよ(笑)、これがすごく!

植竹:

アマチュア・・伊藤さんと一緒に出来るわけ?

伊藤広規:

そうなんです。

植竹:

めちゃ、緊張するでしょ!

伊藤広規:

してるみたいですね(笑)

植竹:

それとか、あと・・・

伊藤広規:

5月3日、4日に大阪フェスで山下達郎公演ですか・・

植竹:

大阪フェスが新しくなって・・・

伊藤広規:

新しくなって、その時だけやるみたいで。

植竹:

伊藤さんと青山さんにお聞きしたいんですけども、青山さんも大阪フェスでやったことありますよね。

青山純:

ありますよ。

植竹:

立川談志さんが大阪フェスで落語会を演った時に、滑走路みたく見えるって言うんですよ、ステージから、客席が。

よくほら、達郎さんもよく言ってます、大阪フェスティバルホールって独特のものがあるみたいな。

カラヤンが持って帰りたいって言ったって話があるんですよ。

伊藤広規:

あー・・・そうですね。

植竹:

ほんと、そんな感じがするんですか?

伊藤広規:

そうですね、横幅があって、お客さん、割りと近い感じで。
なんか、独特な感じがしますね。

青山純:

キャパ、どれくらいあるんだっけ、あそこ。
3000、4000?

植竹:

そして、5月18日に・・

伊藤広規:

神戸チキンジョージで、全国からの山下達郎トリビュートバンドのイベント『伊藤広規セッション日本列島』ってのをやります!

もうね、鹿児島行っても達郎バンド、すごい面白いバンドがあって。
新潟にもあって、北海道にもあって。
いろんなとこに、あるんですよ。

だから、あまりにも面白いんで、ちょっと全員、真ん中に集合させてライブをやりたいなぁと思って。

植竹:

そちらの方にも、是非いらして下さい、皆さん。
ということでですね、今回、達郎サウンドを支えている、黎明期から・・
お二人に、リズム隊という目線でですね、達郎さんの曲を分析して頂きましたが。

もう今日、時間イッパイ、イッパイなったんで、また、やります!
もっと、伊藤さん、青山さんの事、もっとプライベートな音楽をですね、ファンの方に知らしめたいというこで、やりますので!

近々にやります!
宜しくお願いし致します!

今日は、ほんとにありがとうございました。

伊藤広規:

ありがとうございました。

青山純:

ありがとうございました。

END


テーマ : FMラジオ - ジャンル : テレビ・ラジオ

DATE: CATEGORY:青山純
青山純さん(1957年生まれ)はドラマーで今年54歳。

山下達郎氏ツアー"Performance 2008-2009"以後のドラマーは小笠原拓海さんですが、それより前のツアーは青山純さんがドラマーとしてサポートしてきました。


青山純さんは山下達郎氏のレコーディングやツアーメンバーとして、そしてスタジオミュージシャンとして数多くの楽曲をサポートしてきたドラマーです。

ボーカリストのサポートバンド(今井美樹、MISIAなど)や、THE SQUARE、プリズム、ネルソンスーパープロジェクト(達郎氏のバックバンドで構成)などで、多彩な音楽を生み出してきました。

私が聴いてきた山下達郎サウンドは青山純(Dr.)&伊藤広規(Ba.)なのですが、
その青山純さんが教則DVD「青山純 一つ打ちの真髄」を2011年8月3日にリリースという話題。

教則DVDには伊藤広規さんとのセッションもありで・・・うむ。

Joy1.5のLIVE映像(「Ray Of Hope」のシアターイベント)にも、きっと若かりし頃の青山純さんが写ってるんだろうな。シアターイベント行きたい!




Boogie-Woogie Lonesome High-Heel (Live) 今井美樹



MISIA 「ANY LOVE」






DATE: CATEGORY:青山純
青山純さんのドラムが聴きたくて


K.R.B (Kenji's Ring Band) というバンドがあります。
2004年結成したインストバンド。
ドラムは青山純さんが叩いています。

Drums 青山純
Bass 種子田健
Organ 佐々木久美
Guitar 末松一人
Guitar 鈴木健治

メンバは、もうお馴染のミュージシャンばかりですね。
達郎さんライブのコーラスご担当の佐々木久美さんはオルガンプレーヤーで参加。

2006年に那須高原のライブスペースで行ったライブはDVD化されているようです。
鈴木健治さんのホームページをご参照ください。


小さな室内での演奏のようですね。
このような室内での演奏録音はホール演奏のようなPA出力とは違って、ほぼ生音に近くなります。
つい、皆さんのアンプのボリュームとうなってるのか知りたくて、映像止めてみたりしました!!

各楽器の音からプレーヤーの指使いやピッキング音が聴こえてきそうな(?)、臨場感で良いですね。
青山純さんの左右スティックの回し方や、シンバルを叩き方が見えて、室内演奏ならではの映像ですね。

結論 : プロは演奏場所を問わない!! 心地よいリズムと音色!!

私もドラマーのはしくれとして、日々精進です!!




Star of Muse by K.R.B.






Kenji Suzuki played the guitar "SUNSET" by K.R.B.









それから、もうひとつ。
曲名は”F-funk ”

F-funk by K.R.B[アメーバビジョン]
















テーマ : 楽器 - ジャンル : 音楽

DATE: CATEGORY:青山純

青山純さんのドラム 右手16ビートの技

青山純さんのドラム、達郎さんのライブで初めて見た時、驚きました。
スパークルのハイハットが右手だけで16分音符を刻んでいたのです。
「チクチクチクチク・チクチクチクチク」っていう感じですかね。

レコードで聴いてた時は、両手でハイハット刻んでるのかなぁ、なんて思ってたんですが。
右手1本で16ビートです。

ということで、右手16ビート風景を探してみました。

まずは、TOTOのドラマーであるジェフ・ポーカロさん。
いやぁ いつ聴いても、すごいテクニックです。

まずは、バンドのライブ映像から「Georgy Porgy 」。
この曲では、右手だけで16ビート刻んでます。


Toto - Georgy Porgy (Live in Paris 1990)




それから次は、ポーカロさんのリズムセッション風景。
シャカシャカと右手で16刻んでます。

Jeffrey Thomas Porcaro Rhythmsession



そして、次は、ポーカロさんの右手16ビートをテクニック紹介。
聴いてて、気持がよい。

Jeff Porcaro - 16th Note Patterns



それから、カシオペアのドラムでお馴染、神保さん。
神業です、神保さん。

Casiopea - Perfect Live (1986) - Swear




最後に、どうやって右手で16ビートを刻むのか、です。
なるほど、そうですか。

手のアップダウン奏法。動作と効果的な練習法










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