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9thNUTS

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DATE: CATEGORY:大貫妙子 懐かしい未来
2009年4月28日(火)夜11時~((再) 2009年5月5日(火)午前10時~)にNHK-FMで放送された大貫妙子さんの番組の第1回。

ゲストは山下達郎さん。
お二人のお話(2/7)です。

大貫:山下達郎さん「ずっと一緒さ」。聴いていただきました。
さっきの、お話の続きなんですけど。その、私が見に行ったNHKホール、NHKホールってステージ側からみると結構広いじゃないですか。
でも客席側からみると、そんなに近いね、すごく。

達郎:割とね。よくできるねあのホール。
あそこは、アンビエンスがね、すごくいいのね。拍手が上からふってくる感じとかさ。

大貫:そうね、やりやすい。

達郎:ああいううホール少なくなってきたね。最近ほらデッドっていうかね。

大貫:そう!

達郎:すごく固いっていうのかな。

大貫:そいでまぁ、普通のところって多目的ホールが多いじゃない。

達郎:そうね。でも、NHKホールだって立派な多目的ホールだよね。

大貫:そうなんだけどね。でも、やっぱり、それこそ音楽の神様が住んでるんじゃない?

達郎:それこそ、やっぱりクラシックから、なんつっても紅白歌合戦のために造られてるから。
そういう、こうキチッとしたさ、オールジャンルっていうの?
そういうものに対応するような設計思想があるけどね。

で、意外とステージが小さいのよ。1階の客席も小さいから本当はちっちゃいホールなのね。
それをだから、両ウィングに、こう広げて造ってる、うまいこと考えてるね、あれはね。
僕も、割と好きなほうなんだけど。

まだ、最初にやらしてもらって10年くらいしか経ってないけど、いいホールじゃないかな。
なにより、かにより、いろんな人があそこで立ってやってるから。
そういう、「気」っていうかね、血吸ってるホールっていうか、そういう感じがするな。

大貫:判る。楽器でもホールでもレコーディングスタジオでもそうだけど、山下君が言ってた通り、やっぱりあの、使えば使うほど、ほら、その、音が変わってくるじゃない。

達郎:積み重なってくるとね。

大貫:それで、その、大阪フェスティバルホールが、まぁ、私たちが反対しても無くなるものは無くなるんだろうけど。

達郎:ほんとにね。

大貫:その、日本のポップス歌手として最後の公演をあそこで、

達郎:お陰さまで。翌日とその次は大阪フィルの第九だったんですけど、それが本当の最後だったんだけど。
一般貸しの最後に使わせてくれて、それは本当にありがたいことだと思ってます。

大貫:ソロになって、シュガーベイブ時代もそうだったけど、ソロになってから、とにかく大阪で受ければ本物だって言いきってたじゃないですか。
昔、大阪のお客さんって怖かったもん。

達郎:ほんとに?
言葉が違うってのは、今と違って、テレビで関西弁がそんなにね、東京に、こう日常的に入ってくる時代じゃなかったから、生まれて初めて大阪に行った時、あの大阪弁の怖さったら、ネェ、1974年の4月ですよ、ちょうどね。

大貫:よく覚えてる・・・

達郎:忘れませんよ、ほんとに怖かったんだもの(笑)
よしゃいいのに、あの時、大阪って、キツネがソバでたぬきがうどん、だっけ?、あっ、キツネがうどんでたぬきがソバでいいんですか。

だから、たぬきうどんって無いんですよ。
それで、バカだからソバ屋行って、うどん屋か行って「すいません、たぬきうどん下さい」って言ったら、
「なんやそれ、そんもんあらへんがな」って言われてね(笑)、それ、大阪着いて2時間くらい、ほんとに、あれは一生忘れません。

大貫:あの頃、ま、時代もそうだったんだけど、まぁ70年代っていうね、お客さん変わりました?大阪の人って?

達郎:いや、そんなこと無いな。一番最初に大阪降りた時って、喫茶店で演奏したの、覚えてる?デュークっていう。

大貫:デュークは覚えてる。

達郎:喫茶店のさ、通路にさ、楽器一直線に並べて、一番後ろがドラム、ベースで、あなたで、村松君で、僕で一列縦隊で演奏したの覚えてない?

大貫:覚えてない(笑)

達郎:そのとき、客が12、3人だったんだけど、その頃の、そのうちの何人かは、今でも来るの。

大貫:いや、まあそういうコアな人じゃなくて、全体

達郎:大阪はそんなに変ったとは思わないね。

大貫:あぁそう。それで、そうフェスティバルホールもそうなんだけど、あそこのあと、なんかホール造るんですか?つぶしちゃったの完全に?

達郎:高層ビルにして28階かなんかの高層ビルにして、その中にもう1回ホールを造るとか言ってます。

大貫:造り直すの?

達郎:うん

大貫:だったら、なんで残してやらないんでしょ

達郎:でしょ、いや、エエと、いろいろ聞いたのね。僕も・・

大貫:消防法とか?

達郎:んんと、耐震

大貫:耐震

達郎:うん、で、実際に隣のホール自体は採算性は全然問題ないんだけど、ホテルとか
付帯施設がたちゆかなくなってるんだけど、耐震なんだけど、ホールだけ残して、あの、だからエ~っと・・・
あそこの皇居の前のビルみたいに下の建築物残して上に建てるみたいなことも最初考えたんだけど、そすとね、周りの道路を1年間封鎖しなきゃいけない。丸1年。

それが、府なり市なりの交通関係の許可がおりない。
許可下りたとしても、そこの保障っていうか、もう天文学的な莫大な金額がかかる。

とか、いろんな問題があって、5分10分じゃ話せないんだけど。
反対した以上は少しバックグラウンドをリサーチしてみようと思って、そういうことやったんだけど、
やっぱり、いわゆる文化的なそういう施設っていうものを残すってことがいかに、行政的に難しいことかっていうのがね本当に、あの、東京でも、日比谷の三信ビルとかね、すてきなコリドのビルなんだけど、ああいうのも結局壊さざるをえない。

法隆寺だったら壊さないのにね。なんでフェスティバルホールは壊すのかなって。
東京でも同じような問題がたくさんあるんでしょう。

大貫:この前の、その、行かしてもらってね、お客様が同世代の人、若い方もいらっしゃるけど多いですよね。

達郎:そうですね、まあ一応同世代音楽って、いいながらやってきましたのでね。

大貫:そういう、山下君からみて、長い間ファンに対して一番大切にしてきた事って何ですか?

達郎:ん~っ、難しい問題だなぁ。
僕にとっては、あの、音楽ってのは、音楽自分でやってる人間だから、いろんな意味があるんだけど、
自分が聴いている聴衆でもあるわけだよね、同時にね、自分でやってるんだけど。

今も自分でレコード買ってるし、音楽好きで音楽聴いてるから。
人によっては音楽って、その、すごく一つの通過儀礼だったりする人もいて、
ほんの4、5年音楽にすごくのめり込んで、ほんの4、5年映画にのめり込んで、マイブームみたいなね。いいかたで。

そういう人たちって、「ああ、音楽ね、ああ聴いてたけどさ、まあ、今はあれだよね、やっぱり音楽よりもスケボーだよね」、とかさ
ま、あんまりちょっと例が無いんだけど、そういうのと違って僕、基本的に中学からずーっと音楽しか
趣味がないので、そういう持続してる音楽を、あの、自分の中でも趣味性の中でずーっと持続してるから、中学の時の音楽を今でも聴けるような、

同じように、大学生だった人が、今48になっても聴けるような音楽をそうやって作れるかなってことを考え始めたのが30前後だったから、

(3/7)へ続く・・・

(1/7)へ








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